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「竜輝くんが学校終わるのって、あと少しだね。真っ直ぐこっちに来たら十五時過ぎかな。それまではゆっくりしていってね、奥方様」


「うん。ありがとー」


 脳内で色々と考え込んでいたら、いつの間にか林檎を剥いてくれた香本さんが私に勧めてくれる。

 学校が終わり次第正武家屋敷に呼び出された竜輝くんは、早退してでも向かいますと言ったそうだけど南天さんに窘められてしまったそうだ。

 南天さん曰く学生の本分は学業とのことらしいけど、竜輝くんのことだから腰を浮かせて授業を受けているんだろうなと思い浮かぶ。


「して、次代様と御門森の次男坊は戻られぬと?」


 竹婆は湯のみのお茶をゆるりと回して私を見た。


「蘇芳さんのお寺で何かあったようなんです」


「あの、生臭の小僧か。あれには気を許してはいけませぬぞ。澄彦殿はともかく、玉彦殿の代で縁を切るべきと竹は思っておりますぞ」


 竹婆の蘇芳さんに対する評価は良くないようだ。

 何かと正武家のお役目を澄彦さんは振っているというのに。


「あれは、良くない。澄彦殿の学友ということで重宝してはいるが、本来ならば五村の本流には必要の無いもの。澄彦殿は小僧の力を上手く利用しているが、玉彦殿はそうもいきますまい。玉彦殿には正統に正武家の息が掛かった者たちを使役することを強く勧めます」


「はぁ。でも、それって私に権限はないと思うんですけども」


「左様です。しかし奥方様は神守で在らせられる。玉彦殿に神守として助言することは出来ましょう?」


「うーん……。はい」


 玉彦は私にあまり、というか結構な感じでお役目に口を出してほしくない感がある。

 ウザいとかそういう理由では無くて、ただ単に危険だから、って感じだけど。

 出来ればお役目に係わることなく、普通に生活してほしいと常日頃から言っている。

 ただ玉彦が言う普通の生活って、三食昼寝するニート生活だから困ったものなんだけども。


「機会があれば伝えておきます」


 私の返事に竹婆は二度ほど満足そうに頷いてお茶を啜る。

 とりあえず玉彦の機嫌の良さそうな時にでも言ってみよう。

 竹婆の遺言だとでも言えば聞く耳くらいは持ってくれるだろう。


「それにしても澄彦様、須藤が出払うからって何も奥方様をここに預けなくっても良いよねぇ。もう大人なんだから母屋で一人で留守番くらい出来るのに」


 香本さんが残りのリンゴを頬張り、もぐもぐしながら話すと、すぐに竹婆から行儀が悪いと叱責が飛ぶ。

 こうしてると孫娘を叱るお祖母ちゃんって感じだけど、香本さんは竹婆の孫ではなく梅さんの孫である。


「ほんと、一人でも大丈夫なんだけどね。澄彦さんは心配性だから。私もこんな状況で一人きりになったら心配しか出来なくて悶々としちゃっただろうから、ここに来て正解だとは思うんだー」


「でもねぇ。ここに来たって面白い話ないよー。今さらお祖母ちゃんの御高説を承りたいわけじゃないじゃん?」


「蓮見ッ。言葉遣い!」


「いいじゃん。もう今日のお仕事終わりだし」


 香本さんは卓袱台の下で足を伸ばして、すっかり寛いでいる。


「まぁ特にこれと言って話題はないよね。那奈とかだったらここぞとばかりに彼氏の話とか始めそうだけどね」


 大体女が三人集まれば、愚痴と文句と恋愛話と相場が決まっている。

 でも私と竹婆と香本さんというメンバーでは愚痴と文句は出てくるが恋愛話は出てきそうにない。

 私と玉彦の話は今さらで、香本さんは本殿の巫女として修業中の身で恋愛に現を抜かしている場合ではないし、竹婆は……もう御年だし。

 と、竹婆に失礼なことを思っていれば、竹婆は香本さんに離れの事務所に連絡をして松梅コンビを呼び出せとスマホを顎でしゃくる。


「なんでよー」


「我ら三姉妹の永遠の殿方の話をしてやろうと思っての。それはそれは素敵な殿方で、今もなお恋い焦がれる御人なのだ。ほれ。早く呼ばんか。どれ。私は写真を用意しようかのー」


 竹婆はウキウキとした様子で立ち上がり、部屋の片隅の鏡台の小さな引き出しから、これまた両手のひらに乗る小さな木箱を取り出した。

 木箱には蔦模様の金細工が施されており、年代ものだけれどそれがまた素敵に私の目に映る。

 香本さんが離れへ電話しているのを横目に、竹婆は私の前に木箱を置いて開けてみなさいと促す。


 恐る恐る壊さない様に繊細な留め具を外してパカリと開ければ、茶色く色褪せた一枚の写真があった。

 その下にも数枚の写真があったけど、私は木箱を持ち上げてしげしげと見入る。


 一人の男性が紋付き袴の着物で腕組みをして立っている。

 その脇に置かれた椅子に振袖の妖艶な美女が腰掛けていて、二人の足元には斜め座りをしてこれまた振袖の妖艶な美女が二人、対照的に座っていた。

 ちなみに妖艶な美女は、三人とも同じ顔である。

 愛くるしい丸い瞳は熱を持ったように細められ、ぽってりとした唇はほんのりと笑みをたたえていた。

 素肌は陶器の様に白く、三人とも長く揃えられた髪は美しく艶がある。


 誰だと竹婆に尋ねるまでもない。

 私の身の回りで三人で同じ顔の人間は一組しかいないのだから。


 それにしても、この偉そうに踏ん反り返り気味の男性は一体?

 そんなに身長は高くない様に思う。

 緩やかな癖毛を後ろに流して、立派なおでこを主張させている。

 目つきは鋭く、眉毛は力強い。

 けれど三白眼ではないので、イケメンのパーツである。

 鼻はこじんまりとしているけど形は綺麗で、どこかで見たことあるような?

 唇は薄くて、これもどこかで見たことあるような?


「あのう。この男性って……?」


 私に上目遣いで見られた竹婆は、ふふふと少女の様に笑う。


「先先代当主の水彦様よ」


「みっ……!」


 禿げてない!


 あまりの衝撃に私は言葉を本気で失った。



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