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 鈴木くんがキャリーを腕に抱えて事務所に戻ったのを見届けて、私は須藤くんに連れられて本殿の離れである竹婆と香本さんの住居を訪ねた。

 あと二時間ほどでお屋敷に到着するはずの高彬さんに会いたかったけれど、澄彦さんに出来るだけ外部の人間との接触は避けて欲しいと言われてしまったので泣く泣く諦めた。

 感染症などの病気を恐れてのことではなくて、万が一オスキマ様の残滓が残っていたら面倒だから、とのことだった。

 玉彦の祓いは完璧なはずで、飯野美里には高彬さんが付いていたし、澄彦さんが心配するような事はないと私は思うのだけど、須藤くんが高彬さんは妙に勘が良いから懐妊に気付くかもしれないと教えてくれた。

 別に高彬さんに気付かれたって大丈夫だけど、そこには飯野美里や鈴木くんがいる確率が高く、どこかでまた余計なことを話してしまうかもしれない鈴木くんを警戒してのことなのだろう。


 本殿の離れでは竹婆と香本さんがいつもの卓袱台に薬草と思われる草花を並べて、丁寧に選別して切ったりったりしていた。

 これらはお役目で負傷した人たちに使用するお薬で、私は何度もお世話になっていて効果は折り紙付きである。

 ただしこの塗り薬や粉薬に何が使われているのか私は知らない。

 五村の山の恵みから作り出されているお薬なので変なものが入っていることはないだろうけど、調合されたお薬が塗り薬も粉薬も真っ白なのが疑問である。

 だって色々と混ぜ込んでいる途中経過を見れば緑だったり茶色だったりしているのに、最終的に白になるっておかしいと思うわけよ。

 竹婆に聞いても最後の仕上げは巫女の領分だから知る必要はない、と言われてしまったことがあったので私もそれ以上は聞かないことにしていた。

 五村には知らなくて良いこともあるのだ。


 二人は私と須藤くんが来たのを機に、卓袱台の薬草を木箱に仕舞い込んでしまった。

 やはり出来るだけ巫女以外の人間の前で調合は見られたくないらしい。

 竹婆は少しだけ足を引き摺りながら、いつもの定位置であるテレビを正面にして卓袱台に落ち着く。

 香本さんは素早くお茶を注いで三つの湯呑みをスタンバイさせると、須藤くんにお疲れ様でした、と言って頭を下げた。

 そして須藤くんは本殿の離れに上がることなく、よろしくお願いしますと一礼して立ち去る。


 基本的に稀人が本殿の離れに上がることは少ない。

 そして巫女がお屋敷外のお役目に参ずることも少ない。

 これは稀人と巫女が正武家家人をサポートする上でお互いの領分に立ち入らない様にしているためだ。

 専門分野に口を出すのは無用な揉め事を起こしやすいそうだ。

 でも竹婆くらいの百戦錬磨になると、本来対等であるはずの稀人に指示を出す場合もある。

 あの九条さんですら竹婆には頭が上がらないのを私は目撃したことがある。

 高三の、春の話だ。


 思い出して思わず苦笑を浮かべた私に、竹婆は怪訝な視線を向けた。

 最近は足腰が弱くなってしまったけれど、口は健在の竹婆である。


 玉彦と私の子供を取り上げるのだと燃えている竹婆は、今年で御年九十九歳の白寿。

 今は亡き九条さんは生きていれば百二歳。

 三歳年上の九条さんなのに竹婆に頭が上がらない理由は、単純に正武家に仕えている年数の違いである。

 九条さんが稀人となった時には既に松竹梅の三姉妹は正武家屋敷に入っていたのだ。


 澄彦さんを始め、正武家の人間は年を取っているのに見た目は何故か若い。

 どういう絡繰りなのか、血縁関係にない松竹梅姉妹も九十九歳だというのにぴんしゃんしている。

 九条さんは百歳ぴったりで亡くなっているけれど、彼もまた矍鑠かくしゃくとしていた。

 そのくせ当の正武家家人の先代道彦は五十六歳で亡くなっているし、水彦は歴代でも長生きした方で七十七歳で亡くなっている。

 これは戦時中ということもあり、道彦を授かる年を遅らせたためで、本来ならば正武家の当主は六十前で亡くなることがほとんどだった。

 なので……正武家家人が四代重なることがないという玉彦の推測だと、澄彦さんの寿命は最低でもあと二十二年ほどとなってしまう。

 水彦が亡くなったのは月子さんが玉彦を宿す一年前の事だった。

 だからこれから生まれる私たちの子供が伴侶を得て、その伴侶が妊娠する一年前までが澄彦さんの寿命となる。

 そしてもっと考えてしまうと、子供が大体二十三歳前後で伴侶を得ると考えるならば、気が早いけど私の孫が結婚して子供を授かるまで早くて四十六年後。

 つまり玉彦の寿命は計算すると七十一歳となる。


 ……七十一歳。

 四代重なっていないのに五十六歳で亡くなった道彦のことを考えれば、もっとずっと早いのかも知れない。

 本当にこのタイミングで、子供を授かってしまって良かったのだろうか、と実は一人で何度も考えていた。

 我慢を強いてしまうことになる玉彦には悪いけど、澄彦さんの寿命を考えるともう少し後でも良かったんじゃないかと。


 澄彦さんが父の道彦と同じ年になるまであと数年。

 澄彦さんだって考えているはずだった。

 自分の死期はいつ頃になるのか、と。

 同じ時代に四代重なることがない正武家一族初の事例が起こってくれることを願うしかない。

 ずっと続くと思っていたこの生活は永遠じゃない。

 子供が産まれて成長し、紡がれていく。

 自然の流れに逆らわず、新しい命が灯るのと同じく、天命を全うして消えゆく命もある。


 消えゆく命、かぁ……。

 自分で考えたくせに、ちょっと泣きたくなる。

 両親や弟のヒカルは天命を全うしたから死んだのだろうか。

 まだまだ未来はあったはずだと思うのに。


 そしてふと、多門を思う。

 命の危機に瀕している、多門。

 五村の外の事案で命を落とすことはないと澄彦さんは言う。

 それもあるけど、私は多門はまだ絶対に死んだりしないと思う。うん、思う。

 だって多門にはまだまだしなければいけないことが一杯あるのだ。

 私と旦那様のサポートを頑張るって約束をした。

 スイーツ部の活動だって冷蔵庫の予定表に貼ってある。

 早々簡単に生きることを諦めちゃ駄目だからね、多門。

 玉彦と豹馬くんが到着するまで、何としても黒駒と踏ん張るのよ!



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