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 離れの事務所で那奈に雑用を押し付けられていた鈴木くんは、私と須藤くんが姿を見せると雑巾を片手にホッとした表情を見せた。

 那奈と松梅コンビにここぞとばかりに使われていた様である。


 正武家の離れの事務所は松梅コンビと那奈、そして高田くんで回されているけれど、お役目の受付等に関しては滞りなく処理出来ているが、細かな掃除などの雑用までには中々手が回らないでいた。

 それでもゴールデンウィークは神落ちの一件で澄彦さんが全てのお役目を白紙にしてしまったので、普段使用している当主の間や惣領の間等がある離れの座敷を重点的に、畳から何から一斉に掃除をしたそうだ。

 一番最後に自分たちの離れの事務所を、と予定していたけれどそこに涛川御一行がやって来てしまったので、松梅コンビのお掃除大作戦は頓挫してしまったそうである。


 事務所で一息ついた私と須藤くんは鈴木くんをソファーに座らせて、彼が体調不良を起こした原因でもあるオスキマ様の話を聞かせた。

 那奈と松梅コンビも一緒に座って聞き入っており、オスキマ様登場のシーンでは松梅コンビは二人揃って胸の前で手を組んで次代様、と心配気で、デスクで仕事をしていた高田くんも手を止めて椅子に座ったまま身体をこちらに向けて興味津々で聞いていた。


「……という訳で、鈴木くんは帰り支度をして高彬さんが来たら一緒に帰るようにって澄彦さんが言ってました!」


 そう話を締めくくると、鈴木くんは微妙な顔をした。

 彼的にはまだ田舎経験をしていないから滞在したいんだろうけれど、流石に澄彦さんが鈴木くんの体質について危惧していることを聞いた私からすれば賛同できない。

 すると須藤くんがさらりと嘘を言う。


「鈴木、休職扱いだったけど病欠扱いに変わったからそれ以降の休みは自動的に有給休暇になるらしいよ」


 絶対にそんなこと澄彦さんは言っていなかったけど、私は無言で頷く。


「有給!? それは困るッ! オレは有給を溜めて旅行に行くんだッ! 荷物纏めてくる!」


 鈴木くんは雑巾を投げ出して疾風のように事務所を出たけど、すぐに戻って来て離れを抜けて母屋まで無事に行ける気がしないと優しそうな高田くんのスーツの袖を引っ張ったのだった。

 そして案の定、投げ出した雑巾を梅さんに投げつけ返されて、立つ鳥跡を濁さず! と雷が落とされてしまった。


 そんな訳で。

 鈴木くんは掃除の後始末をしっかりしてから高田くんに母屋まで送られていく。

 私と須藤くんはそのまま彼が事務所に戻るのを待つことにして、松さんから温かい飲み物を頂いていた。

 須藤くんはいつものブラックコーヒーで、私は白湯……。

 松さん曰く、今の私の身体に一番良いのは白湯だという……。


「旅行かぁ。良いよねぇ。あたしも有給とってどっかに行きたいわ」


 そう言った那奈だったけど、シンクロした松梅コンビに有給などない、と言われて黙り込んだ。

 流石に有給がないはずはないと私が梅さんに聞けば、あるにはあるが那奈はもう今年の有給を使い切ってしまっているそうだ。


「そうなの!? 早くない!?」


「早いも何もちょっと遅刻したら有給から少しづつ引かれちゃってんの。残業してるんだから残業から引いてくれればいいのにさー」


「でも有給休暇ってそれなりにあるでしょう? まだ半年位しか経ってないのに」


 同情の視線を那奈に向けた私に、梅さんが苦虫を噛み潰した顔をする。

 よほど那奈の遅刻癖にご立腹のようだけど、那奈がお役目の案内の時に遅刻したとか聞いたことがない。

 しかも住み込みだから遅刻のしようがないとも思う。


「奥方様。正武家様の御用がない間でもわたくしどもは働いております。それこそ御来客がない時もです。それなのにこの子ったら気を抜いて、朝から座敷を掃除しますよと知らせておりましたのに、寝坊して来たんですよ! それも何日も! 奥方様が戻られた後もしばらくは御用が無かったことを良いことに夜遊び、朝帰り、寝坊! 文句を言う前に自分の行いを正すべきなんです。


日々の行いが一人前になってから要望は言うべきですっ! そもそも遅刻さえしなければそんな馬鹿な言い分は出てこないんですけどねっ! 本当に最近の若い者は自分の主義主張ばかり立派で、伴うはずの行動がなっていないんです!」


「全くもってその通りでございます……。那奈、遅刻はダメよ」


 梅さんの剣幕に押されて、私は那奈にそう言うしかなかった。

 松さんは梅さんの後ろで頷いて、奥方様の同情を誘おうなど百年早いと言い切っていた。

 百年経ったら、死んでると思う……。


「裏切者め……」


 ジト目で那奈は私を見るけど、松梅コンビは意地悪で有給から遅刻分の時間を引いているんじゃなくて、正当で真っ当な理由なのだ。

 逆恨みはダメよ。


 一頻り私を見ていた那奈は気を取り直して、旅行と言えばさ、と別の方向へ話の舵を取る。

 自分に都合の悪い話題はさっさと終わらせたい様である。


「結婚記念日の旅行、玉様の一存で無くなったじゃん? 七月半ばに振り替えたって聞いてたけど?」


「あぁ……それね……」


 今、まさにその七月半ば過ぎなのである。

 けれど旅行の予定は一切無い。


「先月玉彦の誕生日と次の日だけお休みを澄彦さんから頂いてたんだけど、三日目まで休んじゃったから旅行が無しになったのよ」


「あたしと同じパターンか」


「うん……」


 二人揃って肩を落としていたら、松梅コンビがすかさず駆け寄ってきてしゃがんで私の膝に手を置いた。


「当主様はなんとご無体なことをされるのでしょう。せっかく次代様とご旅行に行けるはずだったのに。夜伽は妻の勤め。それが長引くのは奥方様が励んだ良い結果のことでしょう? 旅行の為のお休みをそこに充てるなど理不尽すぎます」


 私を慰める松梅コンビを見た那奈は、須藤くんに心配されるほど白目を剥いていた。



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