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第八章『雪月花』




「……と、云うお話です。だから次代と豹馬はまだ帰宅しません」


 澄彦さんから事の顛末を教えられた私は、安堵と共に不穏な気持ちを持たざるを得なかった。

 玉彦と豹馬くんが帰らずに次の事案へ向かったことはまだいい。お役目でお仕事だから。

 私が気に掛かるのは玉彦の二の腕に現れたという痣である。

 人の手形と狗の噛み跡。

 多門と黒駒のものだと考えるのが妥当だ。

 でも何故それが玉彦の身体に現れたのか。

 今までそんなことは一度だってなかった。


「澄彦さん。蘇芳さんに連絡って」


「しないよ。比和子ちゃんも須藤も下手に蘇芳や多門に連絡を入れないようにね」


「でも……」


何事なにごとかあった多門が次代や僕に連絡を入れない。蘇芳からも何もない。いいかい? 蘇芳の事案で退き引きならない状況にあるのは確かだ。滅多に無いことだが自身の稀人が命の危機に瀕している時、身体に痣が浮かぶことが過去に確認されている。今回もそうなんだろう。助けに向かった次代の存在を相手に気取られるわけにはいかないんだよ。多門が危機にあるとこちらが知ったことを知られてはいけない。

何故なら、こちらが手を打つ前に相手がことを済ませてしまうかもしれないからね。次代が乗り出した。それで良い。鈴白にいる僕たちに出来ることは、果報を寝て待つくらいのものだよ」


「じゃあ玉彦への連絡は……」


「電話はいけないね。向こうがどういう状況にあるのかわからないから。鈴を鳴らしておけば、タイミングの良い時にでも連絡は来るんじゃないかな。まぁそんなに心配する必要はないよ。僕たちや稀人は滅多に外の事案で命を落とすことはないから」


「その滅多にっていうのが起こり得るのが玉彦と私なんだと思うんですけど……」


「……」


 澄彦さんが黙り込んだところを見ると、私の意見はあながち間違っていないようだ。


「黒駒は……まだ動いているようだ。ということはまだ多門は生きている」


「まだって……。黒駒を通して澄彦さんは何か解らないんですか?」


 元々黒駒は多門が作り上げた狗だったけれど、清藤の乱の時に命を落とし、その時に澄彦さんに式神として新たに命を吹き込まれた存在だ。

 以来黒駒は再び多門の相棒として活動している。

 見た目は全然変わらないけれど、生きる糧は食物ではなく澄彦さんから供給されるお力だ。

 そして澄彦さんの式神でもあるから、彼の支配下にある。

 私の質問に澄彦さんは両眉を上げてから目をぱちくりさせた。


「え、力が繋がってるくらいのことしか解らないよ?」


「え? 黒駒を通して澄彦さんが何か見えたりしないんですか?」


「まさかぁ。できない、できない。しようと思えば出来るかもしれないけど、黒駒の術式は咄嗟に施したものだからそんな込み入った術式は組み込んでないよ。そもそもそんな状態の黒駒が母屋をうろついていたら次代が騒ぎだすだろう?」


「あ、そうなんですか……」


 私はてっきり澄彦さんの好きな時に黒駒の目を通して色々見られるとばかり思っていた。

 だから黒駒の前では結構頑張って品行方正を装っていたのに。

 私の努力は無駄だったのね……。


 私の考えを見透かした澄彦さんは、僕は面白いことが好きだけど出歯亀じゃないよ、と口を尖らせた。

 澄彦さんなら覗きをしてニヤニヤするより確かに面白いところに自ら乗り込んでいくことを好む。


「すみません」


 苦笑いしながら謝ると、澄彦さんはやっぱり疑ってたんだというように無言で増々口先を鋭くさせた。


「それでこちらはこれからどのようにいたしますか。澄彦様」


 タイミング良く須藤くんが話題を変えてくれたので、私は無意識に背筋を正す。

 次代の玉彦と稀人の豹馬くんと多門が不在。


 外でのお役目があればこういうパターンはよくあったけれど、今回のは少し違う。

 予期せぬお役目に、しかも多門が危機に晒されているということで、正武家的にも何か、連絡はしないにしても対応策を考えておくのではないか、と須藤くんの言葉には含みが持たされている。


 腕を組んで一つ溜息を吐いた澄彦さんは須藤くんを見て指示を出す。

 私たちが鳴黒村からお屋敷へ帰るまでの時間に南天さんとある程度の算段はつけられていたようだ。


「高彬が屋敷に到着次第、飯野美里を連れて保育園へ行き、美咲を迎えるように。これには須藤が付き添うようにね。僕と南天は屋敷に居なくてはならない。それと鈴木くんだけどね、飯野親子と一緒に干場史野へ帰そうと思っているんだ。本人の意見も聞くけど、僕は帰した方が良いと思っている」


 思っている、というか当主が帰った方が良いと考えたならそれはもう決定事項のようなものだ。

 でも鈴木くんは勤め先の市役所から一か月ほど休職する様に言われていたはずだし、帰る家で待ち構えている両親は彼を病院へ入院させようとしている。

 そんなところに鈴木くんを帰してしまっても、居場所はないんじゃないだろうか。

 私がそう伝えれば、澄彦さんは大丈夫、と胸を張る。


「そもそも市営住宅へ向かうはずだった次代がなぜ市役所へ赴いたと思う?」


 言われてみれば玉彦は市役所に用事はない。

 飯野美里には話が通っていたので、市役所のお役人さんの立ち合いは必要なかったはずだ。


「たぶん鈴木くんの復職を促しに行ったんだと思うよ。大方、喘息か何かで具合が悪くなって田舎へ来て良くなり、病状を深く考え込んで精神不安になっていたが落ち着いたとか言って丸め込もうとしたんだろう。

豊綱を動かしたようだから、ほぼほぼ強制的にね。鈴木くんの後ろに大物がいる、と勘違いさせておけば勝手に忖度して何事もなく復職させられると考えたんだろう。ただ市長も具合が悪かったようだから、役所内に変な病気が蔓延してたとか言っておけば、市長も鈴木くんも大義名分は通る。まさかオスキマ様のせいで体調を崩していた、なんて市長も言えないしね」


「玉彦が、そんな気の利いたこと出来ると思います?」


「思うよ。何を言うんだ、比和子ちゃん。うちの息子は友達思いの良い子なんだよ?」


 澄彦さんの親馬鹿に閉口すると、あとね、と言葉を続ける。


「鈴木くんはこの地に長居しない方が良い。彼は凄く影響を受けやすい体質のようだから、ここは危険すぎるんだよ」


「危険、ですか」


「うん。視え易くなるということはそれだけ危険もある。視えるだけで対処出来ない彼が普通の生活に戻ってそこら辺に蠢くものを視たら、それこそ本当に精神を狂わせてしまいかねない」


 私や南天さんはそこそこ結構視えている人間だけど、澄彦さんが言うそこら辺に蠢くものというのを視たことがない。


 眼を凝らせば何かあると解るくらいのものは無意識に無害と判断しているから認識しないそうだ。

 でも鈴木くんには無害と判断する無意識が持つはずの経験がないから。

 逆に普段視えていなかった人間が一度でも不可思議なものを認識してしまうと、それ以降視えてしまうこともある。


「兎も角、そんな感じで行くことになる。須藤は比和子ちゃんのお守りから外れる。で、比和子ちゃんはその間、本殿の離れに行きなさい。学校が終わって竜輝が来るまでそこで待機。うろちょろして何かあったら困るからね。はい、解散」


 ぱん、と澄彦さんが手を打って、私と須藤くんは当主の間のように思わず頭を下げた。



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