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15


「待てど暮らせど供物は来ない。やっと来たかと思えば役所の中年男。痺れを切らせてオスキマ様は飯野美里が若い男を誘惑する様仕向ける為に、部屋に邪気を充満させて欲望を暴走させた。なのであの女はあのような破廉恥な格好をしていたのだ」


「は、破廉恥……」


 笑いを堪える高彬さんは顔を背けて肩を揺らす。


「そうしてやって来たのが老人の御厨。オスキマ様もさぞ怒ったに違いない」


「つーことは市長さんがやられたのは女児を捧げなかったから怒りを買ったんじゃなくて、老人だったからってことか」


「左様。オスキマ様は既に拠所を飯野美里にしていたからな。前の拠所の人間が来て説得をしようとしても無理だっただろう。ただし新たに供物を捧げる提示をすれば別だが」


「さっきの元気な赤ちゃんが欲しいです、みたいな?」


「うむ。御厨がオスキマ様と会話出来なかったのが幸いよ。もし会話出来ていたならば、オスキマ様は再び御厨の一族に囲われることとなったであろう」


「じゃあ大人しく話を聞いてやれば良かったのにな、オスキマ様はよ」


「何を言う。目にした禍は払わねばならぬ。たとえ御厨との契約が締結されようとも私は払っていたぞ。そもそもオスキマ様は既に力の大半を使い果たし、焦っていた。話など聞く耳も無かっただろう」


「でも赤ちゃんに下半身だけなってたよな?」


「最後のあがきだ。現に全身は変えられなかったであろうに。ともかくこれにて仕舞である。二人とも御苦労であった」


「あっ、と。ちょっと待った。もう一つ! もう一つ教えてくれ。市長さんは男児が欲しくて女児を差し出してた。ていうことは、若い男に変化へんげしたオスキマ様に差し出されるのは若い女、じゃないのか?」


 言われてみればそうだよな、と思い玉様は何と答えるのか待っていると、呆れたように目を細めた。

 オレが、質問しなくて良かった。


「御厨は跡継ぎの男児が欲しかった。ゆえに産まれた女児は不要で供物にしたのだ。生かしておいても食い扶持を潰すだけであろう。そして若い男姿のオスキマ様が求めていたのは、若い人間だ」


「男でも女でも良かった?」


「うむ。欲しいモノと等価であることが大事なのだ。男児を欲した御厨は成長した女児を差し出していた。喰える部分が多いように育ててから差し出したのだろう。赤子よりも少しだけ供物は多め。だから御厨には富がもたらされた。


とどのつまり、男児の赤子が欲しければ女児にかからわず人間であれば誰でも良かったのだ。だからオスキマ様は御厨の一族の誰かが供物になるのを辛抱強く待ち続けたのだな。しかし男児が産まれ、約束事は反故にされた。


『不要の女児』を供物とするという言伝えがいつしか『女児』となったのだろうが、どちらにせよ人間を供物に捧げねばならない。ここでオスキマ様とのしがらみを断ち切れたのを幸いと出来るかは御厨の考え方次第であろう」


 号泣し続ける御厨市長がいる四畳半を興味なさげに見た玉様は、特に声を掛けることもせずに玄関を出た。









 それから。


 正気に戻った飯野美里は一階の階段の踊り場で所在なさげにしていた。

 とりあえず高彬さんの出番は無くなったはずだったけれど、玉様は何を考えているのか高彬さんに彼女と鈴白村の正武家屋敷まで行き、そして美咲を連れてここへと戻るようにと指示を出した。

 もう帰れると思っていた高彬さんは結構な勢いで文句を言いたげだったが、飯野美里によろしくお願いしますと頭を下げられて黙り込んだ。


 玉様とオレは車へと戻り、玉様は後部座席に深く沈み込んで瞼を閉じる。

 そんなにお力を消費した様には見えなかったが。


「玉様?」


「……豹馬。鈴白へは戻らぬぞ」


「はっ?」


「このまま次の事案へと向かう。一刻を争うようだ。急げ」


「どこにだよ」


 玉様に次の事案が入った連絡はない。

 オレのスマホも預かっている玉様のスマホも鳴らされてはいない。


 玉様は両腕を真っ直ぐに上げて、車の天井部分に手のひらを当てる。

 着物の袖が捲れて二の腕まで露わになり、オレは目を見張った。


 玉様の両二の腕には誰かに掴まれたかのように人間の手の痣が赤く浮かび上がり、その下には同様に赤く狗に噛まれたような痣が見て取れた。


「蘇芳の元に居る多門に何事かあったようである。あれは私の稀人ゆえ、失うわけにはいかぬ。こうなる前になぜ助けを求めなんだ、多門……」


「……承知した」


 玉様は腕を下ろすと窓の外に目を向けて、老人の人だかりを見て呟く。


「ここは老人が多くて助かったな。若い人間が身近に居れば危うかった」


「……あぁ」


「今日は鈴白には帰られぬだろう。比和子に伝えるのが憂鬱だ」


「オレが連絡入れとくよ」


「しかし鈴が鳴れば返事をせぬわけにもいくまい。……土産を買って行けば機嫌は直るだろうか」


「座敷豚にする気かって怒りそうな気もするけどな」


「あぁ、そうだな……。少し眠る。起きてから考えることとしよう」


 玉様は腕組みをして俯く。


 オレは市営住宅の駐車場を出て、蘇芳様の寺へとハンドルを切った。



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