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御厨は市役所でオレ達と分かれたあと、すぐに市営住宅へと向かった。
何としてもオスキマ様を繋ぎ止めて、人間の供物以外で手を打ってもらおうと考えていたそうだ。
そうでなければこれまで先祖代々築いてきたものが自分の代で潰える。
人間以外のものならば何でも手に入れることが出来るほど御厨は栄えた。
今ならば人間以外の供物を用意することが出来る。
オスキマ様と契約をした貧しい先祖は子供を差し出すことしか出来なかったが、豊かになった御厨はそれ以外のものを差し出すことが出来る。
市営住宅に到着し、住民の女性に事情を話して中へと入れてもらった御厨は、良く知る靄を抜けて四畳半へとたどり着く。
しかし中に居たのは、このやせ細った見たことも無い男だった。
男は押し入れの隙間から御厨の姿を見ると威嚇し、熱風を放った。
弾き飛ばされた御厨は倒れ込み、そのまま動けなくなってしまい、そこに玉様が到着したとのことだった。
祓いを一旦中断した玉様に御厨は身体の痛みを堪え苦悶の表情を見せる。
おそらく熱風はただの熱風ではなくて、邪気が込められていたものだったんだろう。
火事を起こした時のように。
どうやらオスキマ様は怒ると熱を持つようだ。
玉様に抱き起こされたことによって御厨に纏わりついていた邪気は自動的に祓われ、今は身体の痛みだけが残っている状態のようだが、吹っ飛ばされて畳に打ち付けられたら老体には堪えただろう。
「して、本来オスキマ様とはどの様な形姿なのだ」
玉様の問いに御厨は倒れ込んだままのオスキマ様を一度見てから、玉様を見上げた。
「子供です。男の子供です」
「性別は同じ。しかし年齢が合わぬのか。だがこれは間違いなくオスキマ様である」
玉様はくるりと座り込む御厨に背を向けてオスキマ様の脇に立つと、足先で乱暴に仰向けにさせる。
こういうところもな、澄彦様と一緒なんだよな。禍には敬意もへったくれもない感じ。
「成長すればこのような顔になるか?」
「いっ、いえ……わかりません。子供の男の子とは聞いていますが、私は姿を見たことがないのです」
「見たことがない?」
「オスキマ様の部屋に供物を入れるだけ、なのです。その後、供物がどうなるのか私たちは知りません……」
要するに猛獣の檻に何も知らない子羊を入れて、後は喰わせるだけだったってことか。
残酷。中に入れられた供物の女児は突然の恐怖に襲われて……最悪だ。
「姿を見たことはない。しかしここにオスキマ様がいるとお前は感じたのだろう」
「はい……。私の代になり、言い伝え通り供物の時期を知らせる黒い影が充満していましたので。家で見た影と同じだと、思いました……」
「その影とやらは、私が纏う影とは違うのだな?」
そうだ。
御厨は市長室で玉様を見て引っくり返る程驚いていた。
だから、たぶん視える人間で、どこにでもある黒い靄とオスキマ様が放つ靄との違いが明確にあるはずだった。
「貴方のは影ではなく……私には白い光に見えます。神様が天罰を下しに来たのかと、思いました……」
「……そうか。しかし私は神などではなく、人間である。して、お前が言う影とは黒いだけか?」
「匂いがします……。血生臭い、匂いが」
「相分かった。贄を喰らった吐息がそのまま影に反映されているということだな。もう一つ、訊く。お前はオスキマ様と会話はしたか?」
「して、いません。する前に襲われました……」
「そうか……。そういうことか」
玉様は黒扇を手にした右手を顎に当てて考え込む。
視線は全裸で仰向けになったオスキマ様の、股間に注がれていた。
「子供……。禍にも係わらず生殖器がある……。豹馬」
「はい」
呼ばれたオレの頭に過ったのは、オスキマ様の身体の検分。
特に股間を触れとか言われたら、オレは、全力で、反抗したいと思う。
でも玉様は全く全然予想もしていないことを言い出す。
「お前、今、欲しい物はあるか?」
「はっ?」
「欲しい物だ」
「んなこといきなり言われても。しいていうなら長期休暇がほしい」
ずっとバタバタしてたから家庭を顧みない男と亜由美に言われてるし、ここは長期休暇を貰って旅行に連れていってご機嫌を取りたい。
「そんなものでは駄目だ」
自分で欲しい物聞いといて、駄目とかなんなの。暴君か。




