表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/198

12



 あまり広くもない室内で玉様を見失いそうになるほど濃い靄が立ち込めていたが、本命の奥の四畳半に向かわず玉様は居間や台所、風呂場や洗面所などを内見する様に歩き回り、不自然なほど静かな四畳半の部屋の閉じられた襖の前で立ち止まる。


 玉様が室内を歩き回ったお陰で大分靄は薄れた。

 全て終わったら窓を開けて換気をすれば残りカスの靄は外へと流れ出ていくだろう。

 薄まってしまえば余程のことがない限り、人間に悪影響を及ぼすことはない。

 靄の根源はこれから玉様が払ってしまうから力を供給されることはない。


「さて。まず優先すべきは説得に失敗したであろう御厨の保護。これは高彬。豹馬はオスキマ様の拘束。出来るな?」


「あぁ」


 オレは腰にぶら下げていた二メートルほどの縄を手に取り絡める。

 これは本殿の竹婆に貸し出してもらった簡易の注連縄だ。

 小さな、例えば木箱のようなものの四方を囲う為に使う注連縄だったが、別の使用方法もある。

 玉様は躊躇することなく襖を開け放ち、市長室から漏れ出していたものとは比にならない大量の靄が溢れだしたが玉様の白い炎が喰らい始める。


 さっきは立ち止まって靄が収まるのを待っていたが、玉様は四畳半の部屋に足を踏み入れた。

 オレと高彬さんもすぐに続いて中に入ったが、息苦しい。

 身体に掛かる靄の高い密度の圧が部屋から押し出そうとする。

 けれど玉様は全く意に介さずに部屋の中で倒れ込んでいた御厨を抱き起こすと高彬さんを呼んで外に出せと指示をした。

 意識はあるが脱力している御厨に肩を貸した状態で高彬さんが出口へ向かうと、襖は勝手に閉まり、開かなくなった。

 そこら辺の禍なら高彬さんでも普通に対応できるが、何代も贄を喰らったオスキマ様の力は思っていたよりも強力で、効力が切れかかっているとは思えない。


「……暫しそこで堪えよ、高彬。豹馬、油断するなよ」


「承知」


 黒扇を開き、上下左右に九字を切る動作を玉様が見せれば、一瞬にして部屋を満たしていた靄が晴れた。

 玉様が纏う白い炎も強力だが、黒扇はその上を行く。


 普通の生活空間に戻った室内にざっと目を走らせてもオスキマ様の姿はない。

 が、例の押し入れには五センチほど襖が開いていて、下段のその隙間からきょとんとした表情をした若い男がこちらを見ていた。


 右半顔を見せている若い男は、急に人の家に入って来てあんたたちなんですか? と言いたげにきょとんとして、目を丸くしていた。

 見栄えが良いわけでもなく、かと言って醜悪でもないごくごく普通の顔立ちの男。

 ただ髪の毛は床に届く程、ぼさぼさに伸びている。


 玉様は一瞬顔を顰めてから、押し入れの襖に手を掛けたが中から開けられまいとする力が働き、動きを止める。

 けれど直ぐにスパンと全開にした。


 開け放たれた押し入れの下段には、全裸で四つん這いになりこちらを見る男の全容が曝け出された。

 肉体は病的なほどやせ細り、透き通る白い肌には青と赤の血管が浮かんでいる。


 これが、オスキマ様。

 供物を捧げられなくなり限界まで痩せて、そして次の供物を待ち続けていたオスキマ様。

 供物を喰らったらコイツは、普通の肉体を持つのだろう。


 オスキマ様はゆっくりと顔を上に向けて玉様を見上げる。

 途端に歯をむき出しにして獣の様に飛び掛かろうとして、一歩引いた玉様に躱されて力なくぺしゃりと畳に突っ伏した。

 オレはすかさずオスキマ様の両腕を身体に添わせ、倒れたまま気をつけの姿勢にさせて身体に注連縄を巻き付けた。


 注連縄って実は左右の太さが違う。

 でも竹婆の注連縄は正武家の為に本殿の巫女独自に編み出されたものだから、使い勝手が良い。

 こうして拘束するのにも使えるし、襲い掛かってくる禍に対して直接触れたくない場合は注連縄を両手に持ち、攻撃をいなすことも出来る。


 たいした抵抗もなく注連縄を結んだオレは自分の両手を見る。禍に侵された形跡はない。

 そして全裸のオスキマ様には体温があった。

 全力を出した懐炉かいろのような熱さだった。


「こやつはなぜ裸なのだ?」


 オスキマ様を見下ろして玉様はこの場の誰もが思っていたことを口にした。

 オスキマ様と祀られていたくらいだから大切に扱われていたはずで、火事の中逃げ出したんだとしても衣服の切れ端くらいは身に纏っていても良いはずなんだが。


「まぁ良い。祓ってしまえば同じことよ」


 玉様が黒扇で口元を隠し、宣呪言を詠おうとしたその時。

 出入り口の襖に寄りかかるように身体を預けていた御厨が呟く。


「その、男は、誰ですか……?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ