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「だから昔の人は多産や、それこそ妾を作ってでも男子を作ろうとしたんです。でも今は、そういうの、大ぴっらにできませんから。妾」


「だから、今どきなのか?」


「それはちょっと違って。恐らく、ですけど。御厨一族は最初に産まれたのが男児であったら問題はなく、女児が産まれるとオスキマ様に供物として捧げ、次の子は男児が産まれるように願っていたんじゃないかと」


「……」


「明治以前くらいまでは子供が死んでもそんなに騒がれなかったんですけど、現代は子供が産まれて死ぬってことは医師から死亡診断が下されなければならなくって、遺体が必要。でも多分、オスキマ様に捧げる供物は生きたままじゃないと意味がない。そうなると遺体は存在しなくなる。でも出産は病院でして、子供が産まれた形跡は残る。ましてや政治家の家の嫁が妊娠したとなるとどうしても人目は避けられない」


「何度も同じ家で子供が死んだり行方不明になれば騒がれる。か。でも男児が産まれれば問題ないだろ?」


 オレたちの問答を大人しく聞いていた玉様が痺れを切らしてドアノブに手を掛けつつ、振り返る。


「オスキマ様の効果が切れると御厨には男児は産まれぬ。故に一郎は娘しか授からなかった」


「そして現代に生きる一郎は世間体も考えて、どうしても娘を供物に捧げることが出来なかったんです。たぶん。もしかしたら妻にはオスキマ様との約束や存在は知らされていなくて、子供を犠牲に出来なかったか、妻に反対されたか。それでも頑張って子供を儲けたのは良かったけど、その後も女児しか生まれなかった」


「人間一人の生贄はかなり効果が高いものである。男児を産ませること以外にも与えられたのが家の隆盛だ。前回供物を捧げたのがいつかは分らぬが、一郎の代で供物が必要になったことは明白。しかし待てど暮らせど供物は捧げられず、娘が余所から婿を迎え自然と男児を授かった。ここでオスキマ様との契約は反故にされたのだ」


「じゃあもしかして、去年の火事は」


「娘に男児が産まれた時であろうな」


 そう、奇しくも飯野美里が入院していた干場史野産婦人科クリニックで娘は出産していたんだとオレは思った。


 御厨の年齢を考えれば娘は高齢出産だったはずだ。

 最初の子供だったのか、娘がいて、それから数年後に男児が産まれたのかは知らない。

 とにかくオスキマ様は男児が産まれるまでは御厨一族に囚われる定めだったのだろう。


「……しかし、次代様よ。それって全部憶測だよな?」


 高彬さんの意見は尤もだ。でも……。

 玉様はちょっとだけ驚いたように両眉を上げて、ニヤリと笑う。

 笑える余裕があることにオレは、胸を撫で下ろす。

 玉様は自身の立場に悲観していないことが知れたから。


「知っているも何も。日々このような状態に置かれているのでな。解り切ったことよ」


「職業病かぁ」


 お役目が生業で経験がそうさせたと高彬さんは理解したようだ。

 でも、違うんだよ。

 正武家家人と稀人、そして神守と本殿の巫女のみが知る真実は。


 神守だけど上守はまだ教えられていない、正武家が五村に根付くことになったもう一つの理由。

 二重三重、四重の業を背負い、五村の地に必ず正武家の家人が居なくてはならないわけ。

 広大な五村の地が平安でいられるってことは、それだけ甚大な供物の上に成り立っているんだ。

 正武家という類まれな能力を持った一族代々が犠牲になるという盟約のお陰で。

 だからこそ神々は同情して、惚稀人という正武家家人を癒す存在を認めた。

 オレからすれば、同情するくらいなら解き放ってくれよと思うわ。

 微妙な表情をしていたオレに気が付いた玉様は、優しく少しだけ目を細めて靄の向こうへと姿を消した。

 オレはすぐに後を追う。


 何があっても絶対に玉様をお役目なんかで失ってなるものか。

 屋敷の庭先で朝から晩までしゃがみ、蟻の巣を眺めて本当は蟻を研究する学者になりたいと言った玉様のささやかな夢が叶えられることは絶対に無い。

 正武家という一族に生まれてしまったから、諦めなくてはならないことがいくつあったのか。

 いくら金や名声があっても、お役目という業から逃げることは赦されない。

 一見何不自由なく気ままに生活しているように見えるけれど、それは本当の自由を知らないから出来ることなんだ。

 駕籠の中の鳥はきっと、いつも眺めている空を自分の翼で羽ばたいて行けることを知らない。

 一人ぼっちで籠の中にいた玉様のところには窓をぶち破り空から舞い降りた上守が、駕籠をいとも簡単に開けて一緒に中で寄り添ってくれている。

 だったらオレはその駕籠を揺らさず、濡らさず、凍えさせず、快適に。

 離れることはいつだって出来る。共に居ることも。


 オレは御門森の次男だから長男の兄貴とは違い、選択肢は山ほどあった。

 それでも玉様の稀人に、と志願したのは決して同情からなんかじゃない。

 同情しか出来ない神様と同じになんかならない。絶対に。

 いつか玉様の子孫が先祖が夢見た蟻の学者になることが出来るように少しでもオレが役立ち、正武家の業を削ることが出来れば良いと思うんだ。

 自分の人生を犠牲にしているとは思わない。

 給料も良いし、休みもあるし、面倒な就活しなくて済んだし、結婚も出来た。

 腐れ縁の言葉足らずが過ぎる幼馴染との仕事は気楽だ。

 職場に親族がいるのはいただけないが、まぁ仕方ない。


 そんなことを考えつつ、オレは玉様の背中に追い付いた。




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