3
鈴木和夫くん。
玉彦の数少ない、本当に数少ない大事なお友達。
玉彦が通山市の大学で出会った地方都市出身の鈴木くんは、良くも悪くも今どきの青年だ。
軽いノリを信条に明るくちょっとドジで憎めない性格をしていて、そして無自覚に視える人である。
大学生時代、玉彦は毎週末通山から鈴白村へ帰って来ていたのだけど、とある連休を迎えた時になぜか鈴木くんを連れて帰って来たことがあった。
どうやら連休中暇で、帰省する玉彦と豹馬くんに興味本位で付いてきたようで、不可思議なものに遭遇し散々な目に遭い、最後は澄彦さんに気絶させられ帰宅した。
彼はその時の事を覚えてはいて、玉彦と豹馬くんに夢だと言い包められて渋々信じたそうだけど、実際は口を噤んだが正しいと私は思っている。
私はその時に鈴木くんと初めて会って、次に再会したのは祝言の時。
宴でベロベロに酔っぱらって皆大変な思いをしたけれど、玉彦と並んで座っていた私の手を握り、おめでとうおめでとうと感極まって泣きながら祝福してくれたのは彼だけだ。
玉様は変なヤツだけど良いヤツで、実は優しいから絶対幸せになれるよと太鼓判を押してくれた。
案外玉彦もきちんと友情を育む事ができるんだなぁと感心していたら、玉彦は餌付けして懐かれただけと素っ気ない。
でも絶対に玉彦は鈴木くんのことをお友達として大切に思っているはずなんだ。
だって五村ではどうしても正武家の玉彦様っていう代名詞が邪魔をして、普通の友情は成り立ちにくかったから。
学校のお友達も卒業してしまえば同級生ではなく、一村民として正武家の玉彦様と接することになる。
一線を置かなきゃいけないお互いの立場を思えば、気軽に笑い合うことすら躊躇われてしまう。
しかし鈴木くんは五村外で玉彦と出会い、田舎のお金持ちのお坊ちゃんという認識だけで、正武家が不可思議なものを祓い鎮めるお仕事を代々受け継いでいることなど知りもしない。
周囲の人間の真似をして玉彦のことを玉様と呼んではいるけど、決して敬ってではなく渾名として呼んでいるだけだ。
大学卒業後は地元の市役所に就職し、真面目に働いていると豹馬くんから聞いていたのにどうしてこんな平日に遠く離れた鈴白村で万引き騒動を起こしているのか、私は鈴木くんの背中を摩りながら考える。
玉彦は普段滅多に持ち歩かないスマホを耳に当てて、お屋敷の多門を呼び出していた。
彼がスマホを持っていたのは私に不測の事態が起こった時にすぐに誰かを呼べるようにとの考えだったのだけど、不測の事態に巻き込まれたのは鈴木くんだったようだ。
連絡を終えた玉彦は鈴木くんの二の腕を掴み立ち上がらせ、パンパンッとスーツの土埃を落としてあげている。
「しっかりと立て、鈴木。大の男が公衆の面前で泣くなどみっともない。今、屋敷から迎えが来るゆ、え……っ!!」
両腕でしっかりと玉彦に抱き付いた鈴木くんは無言で何度も頭を縦に振り、抱き付かれた玉彦は振り解くことをせずに眉をハの字にさせつつ背中をトントンと優しく叩いた。
多門が運転する車に乗せられた鈴木くんは正武家屋敷へと運ばれ裏門から中へ入ると、離れの玄関ではなくまずは禊だと玉彦に言われて、本殿脇にある禊場として玉彦や稀人衆が使用している井戸まで連れて来られた。
お屋敷では突然登場した鈴木くんに豹馬くんが驚いていたけれど、僅かに彼の肩に黒い靄の残骸が視えたようで、大丈夫か? と気遣っていた。
玉彦と豹馬くんは鈴木くんの禊をすることとなり、私は多門に付き添われて母屋へと戻る。
多門は最近何を思ったのかこれまで伸ばしていた髪をばっさりと切り落とし、清々しいほどの丸坊主である。
お坊さんに鞍替えしたくなったのかと心配になったけど、数ミリ残された色素の薄い茶色の髪の毛がそれを否定している。
形の良い頭は見る度に撫でたくなるけれど、腕を伸ばすと叩き落されてしまう。
「で、あれ、誰なの?」
そう言えば多門は鈴木くんと初対面だったっけ。
祝言の時は清藤一族は誰も呼ばれなかったからなぁ。
せめて多門だけでも、と澄彦さんにお願いはしてみたものの、清藤の主門を呼ばないのに息子の、しかも跡取りでもない多門だけ呼ぶのは宜しくない、と却下されたんだよね。