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 鈴木和夫が担当していた例の市営住宅に到着すると、平日の昼間だと言うのに住宅の前には十数人が集まり話し込んでいた。

 全員、老人。暇か。

 駐車場に停められてた市長の黒光りするセダンの隣に横付けすれば、一斉にこちらに視線が集まる。


「おい、豹馬」


「まぁ……市長がいきなり来れば市民はこうなるわな」


 しかも何の変哲もない母子家庭の家に。

 町内会長の家だったらともかく。


「流石に家の中を覗く訳じゃないから放って置いても支障はないと思うけど?」


「……」


 玉様はぶすくれ舌打ちしてから後部座席のドアを開けた。

 うわ。すげぇ面倒くせぇ。

 遅れて到着した高彬さんは颯爽と降りて、顔を顰める玉様を発見して肩を叩いた。

 あまり刺激してくれるな、と思いつつオレも降りて車のドアをロックする。


「一階の、角部屋だな。すげぇ漏れてんじゃん」


 高彬さんが目視した通り、古びた市営住宅の一階部分の窓からだらりだらりと薄墨の水が漏れだす様に滴っていた。


 ……窓から?

 オスキマ様って奴は押し入れにいるはずだから、窓から邪気が漏れだすのっておかしくねぇか?


「押し入れから出て来てしまったのだろう。御厨の呼びかけに応えたのか、もしくは領域を広めたのか。引き摺り出す手間が省けたな」


 顔を顰めたままの玉様はずんずん歩いて、注目する人垣を掻き分け、市営住宅の集合玄関に入る。

 左手に八戸のアルミのポストが設置されていて、住人の名前が記入されていた。

 飯野雄二、美里と書かれた部屋は一〇二号室。

 六段の階段を上がり、右手。

 一階なのに階段を登るんだな、と思いながら玉様の後に続き、白い玄関ドアを前にして息を飲む。

 窓から滴っていた邪気が玄関にまで浸食しており、いたずらに誰かがペンキをぶちまけたようになっている。


「段階進むの早くね?」


 視えている高彬さんがオレに囁く。

 頷いて玉様を見れば、何も視えていないはずの玉様もドアを凝視していた。


「激しい怒りの感情……。説得は失敗か……」


 呟く玉様がドアノブを握れば薄墨は一掃されて見た目には元通り。

 とりあえず正武家のお力に勝るモノではないようだ、とオレは安堵した。


「あのう……。鈴木さんのお友達、でしょうか……?」


 遠巻きにオレたちを見ていた人垣の中から一人の女がいつの間にか背後に来ており、三人揃って振り返った。


「市長さんから中に誰も入れないでくれって言われたんですけど……」


 そう言った女は、身綺麗に化粧をしており、髪も美容院でセットしたかのように整っていた。

 服装も普段着の感じではなく、ちょっと呑みに行きます~ってお屋敷を抜け出すひがいのようなちょっと露出高めの格好で、年の割に膝上のひらひらした黒いスカートにオレは目を疑った。

 鈴木の話では、生活疲れをした三十過ぎの女だっていうことだったが?

 年齢に不相応な格好はひたすら滑稽で、昼間の寂れた市営住宅の階段の踊り場で、着物姿の玉様と金髪スーツの高彬さんよりも浮いて見えた。悪い意味で。


「飯野美里さん、ですか?」


 解りきってたが念のため尋ねると彼女は満面の笑顔でそうですと返してきた。


 ……。


 待て待て待て待て。待ってくれ。

 これが子供を正武家屋敷に置き去りにして、心配していた母親なのか?

 確かにオレは母親は頭がおかしい奴だとは思っていた。

 平気で子供を、しかも赤ちゃんを置き去りにするような母親だ。

 でも昨晩鈴木から連絡があり、すぐにでも迎えに行くと言った母親が、こんな女なのか?

 よくよく服装を見れば買って来たばかりのような折り目がシャツにはあるし、美容室独特の整髪剤の匂いもする。

 この女は一体、何をしていたんだ。

 子供の世話をする必要が無かった時間に心配して気を揉んでいたんじゃなく、自由な時間が出来たと自分の身形を整えてオレたちを迎える準備をしてたのか?


「鈴木さんのお友達ですよね?」


「そう、ですけど」


「あぁ、良かったっ! 娘がお世話になっておりますー!」


 世話してんのは保育園の先生だが。

 しかも一方的にお世話を押し付けられて、迷惑を掛けられているんだが。


「鈴木さんのお友達が来てくれるっていうから、きちんとお迎えしなきゃと思ってっ」


 違う。そこは方向性が違う。

 誰もお前なんかの身形をきちんとしてお迎えしてもらいたいわけではない。

 お迎えするなら玉露か抹茶を用意しておけ。お茶請けがあれば尚良しだ。

 想像していた飯野美里とあまりにも乖離している実像と態度にオレは恐る恐る玉様の様子を窺った。

 頭がおかしいと言ったオレとは違い擁護派だった玉様の反応は、面をくらって言葉を失っていた。



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