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 それから。


 御厨屋敷跡を検分したいと云う玉様と、一足先に市営住宅へ行きオスキマ様と呼ばれる押し入れの男を説得する為に市長の御厨とは二手に分かれて行動することになった。

 御厨に与えられた時間は、玉様が検分を終えて市営住宅に到着するまでの一時間。

 たった一時間で説得できるならこれ以上楽なことはないが、結局玉様の出番になるんだろうとは思う。

 短時間で説得出来るほど絆が強いなら、火事があった以降、御厨がオスキマ様を見つけられなかったはずはない。

 見つけられたくない、戻りたくないからオスキマ様は飯野美里の家の押し入れに立て籠もっているのだろう。



 一年程前に焼失した御厨屋敷は既に更地となり、何もない土地には雑草が生い茂っていた。

 ただし屋敷の北東、鬼門の辺りに一ヵ所だけ雑草すら生えず不自然な六畳ほどの地面があった。

 玉様は車から降りると真っ直ぐにその場所へと足を進めて、片膝をつく。

 何もない平地の一角だが、ここだけ寒気がするほど空間が異常だった。

 高彬さんは一歩足を入れたが、すぐに戻して顎に手を当てる。


「なんつーか、ここだけ異様だよな? 稀人様」


「たぶんここに長年オスキマ様が囲われていたんでしょう」


「で、火事になって逃げたって訳か」


 高彬さんの推測に玉様は頷いてから地面を指先でなぞり、辺りを見渡してから立ち上がった。


「土地そのものにはもう何も残ってはおらぬ。このまま時が過ぎれば領域も薄れていくだろう」


「それってどれくらいよ?」


「さて。十年か二十年といったところか」


「随分とアバウトじゃねぇの?」


「自然に任せるままにしておれば薄れるのは早いが、再びここに屋敷を建て、人間が生活を始めれば騒がしくなるゆえ、二十年は掛かる」


 高彬さんって次代様とか稀人様ってオレたちを呼ぶけれど、絶対に尊敬して呼んでいる訳じゃないことが話し言葉から解る。

 立場が上でも年下だから仕方の無いことだけど、いつか玉様からぴしゃりとお叱りを受けるとオレは見た。


「検分は終わりか?」


「うむ。木材などの残骸があればとも思ったが流石に処分してしまったようだ。オスキマ様とやらを一体どのように囲っていたのか気になるところではあったのだがな」


 確かに玉様が言うように不可思議なものを長年囲っていられる封印は気になるところだ。


「つーか、オスキマ様って、何?」


 車へ戻ろうとしていた玉様が足を止めて、高彬さんを面倒そうに振り返った。

 解らないとは察しが悪い、と余計なひと言を言われつつ高彬さんは玉様に説明をお願いしまーすと飄々と警察官を真似て敬礼をする。

 実際オレも何となく理解出来てはいるが確証はない。


「御厨という名字には意味がある」


「珍しい名字だよな。ちょっと待てよー。今、調べる」


 スマホで検索をし始めた高彬さんは、おおおっと声を上げてオレに画面を向ける。

 字が小さすぎて見えねぇよ。


「神様のお供え物を作る台所って意味みたいだぞ」


「左様。御厨の一族は名の由来通り、神に供える物を実際に作り供えていたのだろう。神を囲い、祀り、供え物を捧げた。見返りとして繁栄を約束されていたのだろうことは鈴木の話から察することが出来る。問題は囲っていたのが神ではなかったということだ」


「神様じゃない?」


「オスキマ様、なのだろう」


「でもそれはそう御厨が呼んでいただけで、神様の本当の名前があるんじゃないのか?」


「神格を持つ者ならばたとえ落ちたとしても解る。御厨から発せられていたモノはそうではなかった。あれは……」


 そこまで言って玉様は口を重くして閉じてしまう。


 正武家屋敷に鈴木が来た時、肩に残る僅かな靄は普通の悪いモノで、さっき市長室から溢れ出たモノも同じ様な黒い靄だった。

 黒い靄は人間に害を及ぼそうとするオーラみたいなもので、大体お役目の時にはこれが現れる。

 ごく稀に禍々しい靄を視ることはあるが、それは黒以外で、濃い紫をオレは視たことがある。

 以前澄彦様のお役目に同行した際のことだ。

 海沿いの小さな町の海岸線にあった古い社が大波で破壊されてしまい、祀られていた海神が怒って暴れていた事案。

 お役目では滅多にしない動作の柏手を打った澄彦様と対峙した昆布の塊の海神は、確かに紫色の靄を纏っていた。

 ちなみに安定している神様、御倉神様はうっすらと紫に発光している様に視える。

 なのでオーラが靄になるとヤバい、発光してるのは安全とオレは判断しているが、そもそも神様に遭遇することはまず無いので正解かは解らない。

 兄貴に聞けばどんなタイプの神様も同じ靄だと言うし、上守に至っては神様に靄はない、御倉神様が発光してるのは視たことがないという。

 これもまた自身の立ち位置や感じ方に因るのだろう。

 高校生の時に神格から落ちた神使や海で爺の神様を視たことはあったが、あの頃はまだ目が安定していなくて靄すら視えていなかった。

 一応オレの目も年月と経験を経て、進化しているんだろう。


 玉様はそれ以上は語らず、高彬さんも食い下がらなかった。

 オレも、あえて聞かなかった。

 あれは……に続く言葉は、オレの予想が正しければ……反吐が出る。




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