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「では火事場を見た妊婦が産んだ赤子に赤痣が現れる時とそうではない時の違いは何だと思う?」


「……普通ではない火事? 人死にが出たとか? でもそれって儘にあることだよな?」


 同意を求められて頷いたが、オレは頭に過ったことにハッとする。

 思わず机に突っ伏したままの御厨市長を見て、玉様に視線を流せば口元を歪めた。


「理解、出来たか?」


「出来た、気がする。高彬さん、ここ一年以内で干場史野で火事があったか検索してもらって良いですか? んで住所、オレに教えてください」


「火事とか普通にいつでもあるだろ。検索したってよ……」


 スーツの内ポケットからスマホを取り出した高彬さんは手慣れたように検索を始め、オレはスマホのマップのアプリを開く。

 数分してから高彬さんが一つのニュースを読み上げた。

 一般家庭の火事ならば大きなニュースにはならない。

 火事が起こったのは一年程前。

 出火した家は鈴木が言っていた地元では有名な旧家で、そこの机で気を失っている御厨市長の屋敷だった。


「おいおいおいおい。なんか良く解からんが繋がり始めたぞ?」


「住所、住所を」


「あっ、すまん。住所は……」


 高彬さんが教えてくれた住所をアプリに入力すれば、一帯の地図が表示される。

 屋敷は市街地の外れにあり、地図上でも分かる程広大な敷地を有していた。

 でもオレが知りたいのはそこじゃない。

 画面をスライドさせて、十字架のマークを拡大させる。


「干場史野産婦人科クリニック……」


「飯野美里はそこから、御厨の屋敷が燃え盛るのを見たのであろう。そしてその火事は『普通ではなかった』」


 一度開いた黒扇をパチリと玉様が閉じれば、背後で呻き声が上がる。

 気怠く身を起こした御厨市長が玉様を見て、驚きのあまりに椅子ごと引っくり返った。


 玉様に、何か視えたんだな……。

 普通では視えない何か。

 そして、普通では視えない何かが視えている人間が驚くほどの何かを。


「さて。続きはそこな老人に語らせるとしよう。旧家に何があったのか、な」


 玉様は左腕を背凭れに乗せて振り返り、椅子から這い蹲り起き上がった老人を見据えた。





 干場史野市長は御厨みくりや一郎いちろう、六十八歳。

 名が表す通り、御厨家の長男で先先代から続く地盤を引き継いだ、三世議員。

 息子はいないが娘が三人いて、長女の婿が御厨家を継ぐそうだ。

 長女と婿の間には男子が生まれており、一世代挟み、血筋は男子に戻るのだそうだ。


 正直オレは男系とか女系とかって考えは馬鹿々々しいと思っている。

 血は男でも女でも一緒に流れていて、男系だから何が変わるんだと。

 むしろオレは男系よりも女系で家が繋がれてくと言われた方がしっくりとくる。

 女性は十月十日、血肉を通して子供を作る訳だろう?

 精子を送り込んだだけの男の血は薄いと思うんだよな。

 自分の身体から新たに人間を生み出してこそ、と思うんだが。

 現にほぼほぼ男系の正武家だって、女性が当主だったこともあるわけで、由緒正しいと言いたい家系は見栄に拘って男系がーと言ってる感じがする。

 そんなことを以前澄彦様と話していたら、じゃあ帝の一族も見栄っ張りってことだね、と笑っていた。


 自己紹介を終えた御厨市長は何故か玉様の足元に正座し深々と頭を下げて、この度はうちの者が多大なご迷惑をと平謝りし始めた。

 飯野美里の親戚かとも思ったが、彼女は生活保護を受けていると鈴木から話を聞いていたオレは不思議に思った。

 娘が三人。一番下の娘なら、あり得なくもない。

 でも生活保護を受給するには親戚にまず援助できないのかと役所から打診があるはずで、市長が父親ならまず受けられないだろう。

 普通に考えて市長の娘が生活保護って有り得ないよな。

 じゃあ職員の鈴木のことかとも思ったけど、ヒラ職員の鈴木一人の為に市長がここまで頭を下げない。


「あの子は、オスキマ様は今、どこに居られるのですか!?」


 玉様の着物の裾を掴んだ御厨市長は必死に尋ねるが、オスキマ様ってなんだよ。

 首を捻るオレと同様に高彬さんも眉間に皺を寄せる。

 ただ一人、玉様だけはやはりというように、呆れた目を市長に向けた。


「心当たりはある。しかし元に戻すことは出来ぬ」


「なっ、なぜですか!? もう一度、もう一度私から、オスキマ様にお頼み申し上げますからっ。どこに居られるのか教えてください!」


「お前がいうオスキマ様という者が何者なのか私には解らぬ。ただその者に私の友人が苦しめられている。故に祓う為にここへと参った。人にあだ為す者を見過ごすことは出来ぬ。……ただしお前が説き伏せられると言うならば、一度だけ機会を与える」


「是非に、是非にっ」


 再び深く頭を下げて御厨市長は玉様の着物の裾から手を離した。

 上質な仕立物であるはずの濃紺のスーツは着ている人間同様、酷く草臥れて見えた。



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