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 苦悶の表情のまま立派な机に倒れ込んでいた初老の男性の首筋に指先を当てた玉様は深く頷いてから離れ、応接セットの一人掛けのソファーに当たり前の様に腰を下ろした。

 オレと高彬さんは一通り市長室を見渡した後、玉様の正面に座る。


「さて。大方筋は理解できたであろう、豹馬」


「はっ!?」


 久々に言葉足らずが過ぎる玉様の不意の一撃を喰らい、オレは言葉を失う。


 今回の事案の粗筋ってことなんだろうが、正直全く解んねぇ。

 大体市長が何かに憑かれていたってことからして意味不明。


 隣の高彬さんを見れば、俺はお前以上に訳が分からんと眉を顰めた。

 ですよね。

 そもそも高彬さんはまだ一つも説明を受けていない。


「状況を整理し、高彬へ此度の事案を」


 玉様は腕組みをして背凭れを頼りに深くソファーに沈み込む。

 今さらオレに値踏みする様な視線を向けてから玉様は瞼を閉じた。


 明らかに、試されている。

 玉様には稀人が四人いるが、外の事案に付き従うのは基本的に一人だ。

 元々正武家家人に稀人一人が通例なので、一人だけ。

 でも玉様には稀人が四人いるので、その中から選ばれた稀人が付き従う。

 選ばれるということは様々な能力が認められているってことで、信頼も厚い。

 いずれ稀人筆頭となる御門森直系の竜輝はまだ高校生で五村内のお役目であれば推参出来るが、なにせ田舎の五村を廻るには運転免許が必要だから、一人前ではない。

 竜輝はこれから進学して一度五村から離れなくてはならないことを考えれば、あと数年はオレと須藤と多門の三人で回していくことになる。


 須藤は聴こえるが視えないことが多く、体術が優れているので実体化している禍の事案に駆り出される。

 そして多門は鼻が良く、視えるが物理的なものは苦手で式神の黒駒がカバーしている。

 なので多門は曖昧な禍の事案で、且つ何かを追跡する必要がある事案がメインだ。


 で、オレは平均的な稀人だ。

 視えるし、感じるし、体術もそこそこ。

 幼少期から稀人としての英才教育を受けている竜輝とは違い、高校生になってから稀人になると決めたので正武家に対する忠誠心はそれなり。

 そんなオレに玉様が求めていることは……おそらく参謀役だ。

 指示されるだけの稀人ではなく、単独でも動けるように。


「承知した。事の始まりは……」


 何から話すべきか。

 時系列通りであれば、鈴木の登場からだろう。

 オレは玉様の試練を乗り越え、そして事案の粗筋を見極めるべく高彬さんに説明を始めた。











「なんつーか、鈴木、面白いな」


 オレの渾身の説明を受けた高彬さんの感想は明後日の方向だった……。

 きちんと理解、してくれているよな?


「事実確認は以上です」


「まぁ、要するに押し入れの男を祓っちまえば良いんだろう?」


「そうですね」


「んで、どこに市長さんが関係してんの?」


「……わかりません」


「だよなぁ? でも次代様はそこはもう分かっている、と」


 高彬さんが瞼を閉じたまま眠っているような玉様を見れば、パチリと瞼を上げて身体を起こした。

 流れる長髪を面倒そうにいつもの赤い紐で結わえた玉様は、オレを見て八十五点とのたまった。

 赤点は三十点だから、合格と言ったところか。と前向きに考えておく。


「まず豹馬の説明には欠けている点が二つある。一つは飯野美里の子供、美咲の左手にある赤痣。そして鈴木の地元であるここ、干場史野には旧家があるということ」


 そう言えば、赤い痣があるとか上守と二人で台所で問答していたな。

 妊婦がどうのって言ってたのを皿洗いしながら聞こえてた。

 旧家がある話はさっきの車内で。


「それがどう繋がるんですか、次代様」


「比和子とも先日話したのだが、妊婦が火事を見れば産まれた赤子に赤痣が浮かぶという迷信がある。聞いたことはあるか?」


「ある。映画で観たことあるぜ。その子は顔にあったけど」


「この迷信は火事場に集まる野次馬等の人ごみに妊婦が揉まれ転倒する危険性があるゆえ、出来た迷信だと私は比和子に言ったが、なぜ赤痣なのだと思う?」


「なんでって、火が赤いから、だろう?」


「そう、火が赤いから『赤い火が肌に移る』。ではなぜ移る?」


「普通は火が肌に移ることはあり得ない、よな。そんなことになったら火傷する」


「そう、普通ならば移らない。迷信が出来るにはそれなりの理由があり、中には『本当に妊婦が火事場を見たから赤子に赤痣が出来た』ことがあったのだと私は思う。ここまでは良いか?」


「お、おう」


 高彬さんは姿勢を正して座り直すと、玉様は手にした黒扇を口元に当てる。



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