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 鈴木和夫が生まれ育ったところは、干場史野市かんばしのしという人口十万人ほどの市だ。


 歴史は古くもなく新しくもない。

 参勤交代の宿場から何となく栄えて、何となく現代は廃れ気味になっている。

 特筆すべき産業も何もなく、隣の隣の都市のベッドタウン的な位置づけだ。

 なので市街地よりも圧倒的に住宅地が多い。


 干場史野市役所は、丁度住宅街と市街地の境目辺りに在り、隣には神社があったがオレの記憶に干場史野神社が一ノ宮や二ノ宮の神社という情報はない。

 なので三ノ宮以下の神社なんだろう。

 別に神社の格が低いと言いたいわけでもなく、土地の人間の信心が薄いと言いたいわけでもない。

 大事なのはここに誰が祀られているのかということだ。

 正武家に尽力してくれている神様だったら何かあれば姿を現してくれる可能性が高いが、あまり期待は出来なさそうだ。


「玉様、神社あるけど」


 興味なさげに神社へと視線を向けた玉様は、少しだけ思案して参拝していくと呟いたので、オレは神社の狭い駐車場へと車を滑り込ませた。

 徒歩で神社の正面に回れば鬱蒼とした鎮守の森の始まりに、煤けた色をした朱い鳥居が目に入る。

 そしてその脇には、二対の狐がこちらを向いていた。

 オレは思わず指を鳴らして石像を指差す。

 ここは稲荷神社だ。

 ということは、揚げ好きの御倉神みくらのかみ様が祀神だ。

 玉様はともかく、上守の守り神である御倉神様なら御助力頂ける可能性が高くなる。

 上守が鈴白で窮地に陥ってなければの話だが。須藤、頼むぞ、マジで。


 御倉神様は全国の稲荷神社を神出鬼没に現れるはずだが、ここで参拝しても来てくれるのかどうか。

 今日は揚げの日ではないからその辺をほっつき歩いていてもおかしくはない。

 が、そもそも神様って普段何をしているのか謎。

 仕事と言っても思い浮かぶのは神無月の縁結びの会議くらいだ。

 鳥居で一礼して手水舎で手口を清め、賽銭箱に財布の小銭を全部入れて柏手を『一度』。

 正武家と稀人は柏手は一度だけと昔から決められている。

 通常の二礼二拍手一礼というのは比較的新しい時代、百年ほど前に定められた参拝方法だ。

 それまでは決まった参拝方法はなかった。

 どんな形であれ、参拝するという気持ちが大事にされていた時代には関係なかったんだろう。

 だから時々、台所で時代劇を観ていると神社に参拝するシーンでオレは心の中で時代考証をしろよと突っ込んでいる。


 平日ということもあり神社の境内には人の気配がなく、当然のことながら御倉神様の気配もない。

 とりあえずは正武家の次代がここに来たぞ、というアピールは出来たから良しとするか。




 再び車に乗り込み、市役所の駐車場に停めれば、先に到着していた高彬さんが駆け寄って来た。

 黒いスーツ姿で相変わらずスタイルが良く、そして頭の上に丸めた金髪が良く目立つ。

 上守がいうように王子様に見えるが、その王子様は端正な顔を顰めていた。


 まぁ、そうなるよな。

 寝起きで二時間も離れた市役所に呼び出されて、しかも理由は本日の運勢が良いから、だもんな。

 嘘でも良いからお役目で高彬さんが必要だと言えば良かったのに。


 いつもの白いお役目着に黒い羽織を肩に羽織っただけの玉様が後部座席から降りれば、高彬さんは恭しく頭を下げた。


「おはようございます。次代様」


「うむ」


「本日運勢が絶好調な陣高彬、参りました」


「うむ。御苦労」


「……アレか。次代様っつーのは遠回しな皮肉は理解してくれないのか、稀人様よ」


「すみません。次代だからではなく、個人的に通用しません」


「そうかそうか。運勢が絶好調のはずなのに自分がどうして叩き起こされてこんなところに呼び出されたのか教えていただけませんかね、次代様」


 にこやかだけど口元を歪ませた高彬さんを不思議そうに見た玉様は、小首を傾げた。


「招集されたことは誉れであろうに。なにをいう。寝惚けているのか。そこに神社の手水舎があるゆえ、顔を洗って来い」


「くっ……」


「そのような状態でよく事故を起こさなかったものだ。やはり運勢が良いのだな」


 玉様はすっかり感心したように腕組みをして言葉に詰まる高彬さんを眺める。

 どこをどう見れば高彬さんが寝惚けている様に見えているのか。

 通山市からここまで運転してきた高彬さんは今さら疲れが出たようにがっくりと肩を落とす。

 その疲労感には今から玉様のお付きをしなくてはならないという気苦労も見て取れた。



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