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後部座席に座る玉様が物憂げに外に目をやり、頭をがくんと後ろに倒した。
結わえていない黒髪が無造作に背凭れに広がる。
「玉様?」
「どれもこれも推測の域を出ぬが、面倒なことになりそうだ」
「ご愁傷さまです」
「お前も同じぞ」
「生きて帰れれば問題はないよ」
そう、生きて帰る。これが重要なんだ。
歴代の稀人が命を落とすのは決まって五村外の事案だった。
それ以外は絶対に無い。
五村内であれば寿命で死ぬ。
だから五村に親父や兄貴がいると子供の頃のオレは安心して学校に行けた。
それは玉様も同じだ。
正武家の人間も五村内であれば、基本的に寿命で死ぬ。たまに例外はある。
五村外で瀕死の重傷を負ったとしても、虫の息であれ五村の地に入れば命を落とすことはない。
産土神の絶対的な加護と五村の意志が正武家家人と稀人を生かそうとするからだ。
例外があるとするなら、もう天命を全うしている場合のみ。
五村外では正武家のお力は確かに弱まる傾向にあるが、それでもそこら辺の能力者に押し負けることはまず無いし、余程の禍ではない限り手古摺ることもない。
玉様が面倒だ、というのはお役目ではなく、それに関わる人間と接することなのだろうと推測できた。
お役目を面倒だと言ってしまうのは大体いつも澄彦様で、そんなことを言っては正武家の根本的な存在意義を否定してしまっているのではと心配になる。
玉様は別に人間が嫌いという訳ではなく、一々説明を求めてくる外の世界の人間が面倒なだけなのだ。
五村であれば、そう云うものだから、で済むが、なにせ外の世界の人間には非常識な出来事なので決まり文句を言ってみても誰も納得はしてくれない。
そこで出番となるのが稀人だ。
外の世界の人間と円滑にコミュニケーションを図り、正武家家人を煩わせない様にしなくてはならない、のだが。
何分オレも基本的に対人関係は面倒だと感じるタチなので、出来れば五村を訪れた人間からの依頼の事案で五村外で動きたいと常々思っている。
正武家を訪れるということは前もってどういうことなのか理解しているからだ。
「今朝」
「うん」
「新聞に目を通せば本日の運勢がな」
「うん」
「女難の相がある。と書かれていたのだ」
「……へぇ。女難、ねぇ」
女難の相と聞いて頭に浮かぶのは上守だが、玉様は上守に掛けられる難は難と感じていないだろうから、これから会うことになる飯野美里のことを指しているのだろう。
てゆうか、本日の運勢とか信じてるのかよ、とオレは言いたい。
子供かよ、乙女かよ。
「そして物事が二転三転し、振り回される、とな」
「散々な運勢だな」
「比和子には良いところだけ信じろと言われたが、良い事柄は何も書かれてはいなかったのだ……」
「ご愁傷さまです」
「ちなみに干支占いだ」
「……オレも一緒かよ」
玉様とは同級生だからオレも同じ干支だ。
ちなみに上守も同じだから、玉様が振り回される運勢ってことは上守もまた振り回されるんだろう。
鈴白で留守番をしている須藤は大丈夫か、とふと思ったがアイツも同じだ。そして鈴木も。
これからの事案が発展して全員を振り回すことになるのだろうか。
そう考えて、何度目かのうんざり感がオレを襲った。
そんなオレの様子を後部座席で感じ取った玉様は、ふと思いついたことを気軽に口にした。
「高彬を呼べ、豹馬」
「はっ?」
「アイツの本日の運勢は何事も吉とあった。雅の運勢も悪くはなかったが、男の高彬が良い」
「え、そんな理由で呼ぶのか!?」
「そうだ。アイツは夜は仕事があるが、日中は暇であろう。呼べ。干場史野市役所集合だ」
「市役所!? 市営住宅ではなくて?」
「そうだ。早くしろ」
玉様に急かされて、オレは高速のパーキングに車を停めてスマホを耳に当てる。
ていうか。
夜の仕事をしている高彬さんは、日中は寝てると思うんだが。
オレたちと昼夜逆転してるってことを玉様は恐らく考慮していない。
申し訳なく思いながらコールすれば、数十回目にようやく寝ぼけた声が聞こえて、オレが運勢がどうのと理由を言ったら、スマホの向こうの高彬さんは絶句していた。
こう言うところがな、玉様は認めたがらないが澄彦様とよく似ているとオレは思う。




