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第七章『オスキマ様』



 お腹の中に子供がいるとき、つまり妊娠しているときに女性が火事を見ると子供に赤い痣が現れると云う言い伝えがある。

 その他にも妊婦はお葬式に参列してはいけないなど何かしらの言い伝えが残されている。

 玉彦曰くそれらは迷信だそうで、夜に爪を切ると親の死に目に会えない、というものと同類だそうだ。

 なぜ夜に爪を切ってはいけないのかというと、言い伝えが出来た頃の夜には電気などがなくて薄暗い明りが灯る部屋で、しかも爪切りではなく短刀のようなもので爪を切っていたので、薄暗い中で手元が狂い、傷を負って出血死する人がいたらしい。

 そんな訳で親よりも早く死んでしまう恐れがあったから教訓として言い伝えが残されたらしい。

 鈴白村や五村に伝わるしきたりも然りで、理由があるからしきたりが代々伝わっていた。


 なので妊婦に関する言い伝えもとどのつまり、火事やお葬式など人が大勢集まっているところに不用意に出掛けると転倒したりなど不慮の事故に遭いやすいから止めなさいね、という教訓が元になっている。

 ちなみに妊婦がどうしてもお葬式に参列しなくてはならない場合はお腹に邪気を跳ね返す為に鏡を入れておく、とかもあるらしい。

 これについて玉彦は、肯定も否定もしなかった。


 どうして私たちがこんな話をしていたのかというと、正武家に保護された飯野美里の子供の美咲ちゃんに赤い痣があったからだった。

 可愛らしい小さな左手の、小指の付け根に手のひら側から甲に掛けてぼんやりと赤い痣が拡がっていた。




「玉彦と豹馬くんが帰って来ないってどういうこと?」


 帰らない、ではなく帰れない。

 帰りたくても帰って来られない状況にあるってことだ。

 後部座席から身を乗り出して須藤くんに詰め寄ると、とりあえずお屋敷に帰ってから話すと言って車を発進させた。

 通り過ぎる鳴黒村の景色を眺めながら、二人に何があったのかと気が気じゃない。

 事故に遭ったとかなら須藤くんもきちんとそういう風に理由を言ってくれるだろう。

 でも言葉を濁すということはお役目関係で帰られないということだ。

 鈴木くんが同席している手前、おいそれと話すわけにもいかない。

 ともかくお屋敷へ帰れば澄彦さんや南天さんにも一報は入っているはずだし、当主の澄彦さんに事情を聞いた方が話は早そうだ。

 私はお屋敷に到着すると玉彦の母屋へは戻らずそのままの足で、澄彦さんの母屋を訪ねた。



 一緒に車を降りた鈴木くんは離れの事務所に詰めていた那奈に預けて、私と須藤くんは澄彦さんがいつも寛いでいる縁側の部屋へ。

 声掛けをしてから襖を開けると若草色の着流し姿の澄彦さんはいつも通り縁側でゴロリと横になり、日向ぼっこをしながら寝煙草をしていた。

 澄彦さんは太陽が大好きで、時間があれば光合成をするように太陽と向かい合っていることが多い。

 太陽の日差しを充填するとお役目の調子が良い、と言うけれど本当なのか疑問である。


「おっ。来たね。次代から連絡が入ったかい?」


 むくりと起き上がった澄彦さんは大きなガラスの灰皿に煙草を押し付けて、ニコニコとしていた。

 この様子だとそんなに深刻な状況ではないようだけど、なにせ澄彦さんである。

 彼はどんな時でも面白ければそれで良いと思っていて、玉彦の窮地でも面白がるので安心は出来ない。

 むしろ玉彦が困っている時こそ面白い骨頂だと思っている節がある。

 私は須藤くんがささっと用意してくれた座布団に座り、澄彦さんと向かい合う。


「それで、何があったんですか?」


「うーん。とりあえず飯野美里の件は終わったようだよ。彼女は今、高彬と共にこちらに向かっている」


「え? 高彬さんですか?」


 高彬さんとは通山市で正武家のお役目に関するお仕事を担っている現役のホストである。

 彼のお父さんが正武家に所縁ある人物で、つい先日私は彼らにすごくお世話になっていた。

 思いがけない名前が出て来て、頭の上に疑問符が浮かんでいたであろう私に澄彦さんは苦笑する。


 飯野美里が住んでいるところは通山市から結構離れていた。

 と言っても鈴白村よりは離れていない。

 玉彦から連絡を受けた高彬さんが彼らよりも一足先に現場に駆け付けたのだろう。

 でもどうして高彬さんが駆り出されたのか。

 玉彦は出掛ける時に高彬さんのことは何も言っていなかった。

 なので途中で連絡を入れたのだろうけど、玉彦と豹馬くんが居れば大抵のお役目は終わらせることが出来る。

 というか玉彦さえいれば、余程の事がない限りは終わる。

 なにせ正武家家人が小物と呼ぶ様なわざわいは、彼らに触れれば自動的に消えてしまうのだ。

 実体化していると黒扇くろおうぎ宣呪言のりとごとの出番となる。


 飯野美里の押し入れに潜んでいた何かは、そんなに面倒なものだったのだろうか。

 澄彦さんは煙草に火を点けようとして私を見てから、そっと銀のライターの蓋を閉じて煙草を戻す。

 そして庭の木々の緑に目を細めてから、ゆっくりと語り出した。



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