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「て、ことが昔にあってね。それ以来、人面の顔を持った動物は何かを話し始める前に首を折って物理的に話せないようにしてから処置をしようと自分は決めたんだよ」
爽太さんは経験談を語り、なぜ自分が人面ヒヨコの首を折っていたのか、という理由を教えてくれた。
こういう話が大好きな鈴木くんは目を輝かせていたけど、私はまだ満足していない。
だって人面ヒヨコに対する行為の理由を聞きたかったのではなく、私は爽太さんと玲子さんの運命の日の話が聞けると思っていたのだ。
だって話の流れからして、お料理上手な玲子さんに惚れたのは食材を捌くのが上手だったのが始まりで、結婚を決めた話までの流れを語ってくれるのだと思うじゃないの。
そこがどうして『くだん』の話にすり替わっちゃったのよ。
てゆうか、『くだん』の話だって、オチらしいオチもないし結局どういう解決をしたのか尻切れとんぼになってることに鈴木くんは気付いていないのかな……。
こうなったら話の軌道修正をしなきゃダメだ。
「それで、結局『くだん』はどうなったんですか?」
ほぼほぼ直球勝負で軌道修正に臨んだ私に爽太さんは、ふふふっと苦笑いをした。
わざと話を逸らしていたようである。
「結局『くだん』と呼ばれた仔牛の遺骸は正武家様がどうにかしたようだよ」
「どうにかって……」
「それ以上は知る必要はない。と九条様に言われてしまってね、自分も分からないんだ。玉彦様は道彦様からお話を聞いてご存知かもしれないね」
「そう、なんですか……」
本当の顛末は道彦の顛末記を読み返した方が確実そうである。
後日、何度か読んだことのあった道彦の顛末記を読み返し、私は『くだん』の本当の顛末を知ることになった。
何度か目を通していたのに読み落としていた理由は私の『勘違い』。
道彦の顛末記にはしっかりと『くだん』の事が記されていた。
ただし『くだん』は漢字で『件』と書かれていて、私は『件』は『例の』という意味で捉えていたのだ。
だから道彦の顛末記を読んでも、そこだけが良く理解できていなかった。
一体、件の話って、どこの話の事を示してんのよ? って感じで、サラッと読み流していた。
読み返せば確かに爽太さんの旧姓である立花という名もあり、件の話が爽太さんが巻き込まれた話だと分かる。
人偏に牛で、件。
人と牛の姿を現すにはピッタリな漢字だ。
ちなみに『くだん』の遺骸は、まだ『鈴白村にある』。
おそらく当時のままの状態で存在していると玉彦は言っていた。
見たいと言った私に玉彦は、見せてやりたいのは山々だが比和子には決して足を踏み入れることの出来ないところにあるから見せられない、誠に残念、とにこやかに意地悪く笑った。
絶対に見せる気もなく、本当に私が足を踏み入れることの出来ない場所にあるからそんなことを玉彦は言ったのだろうと思う。
でも、だが、しかし、である。
私はこの『くだん』と意図せず出会ってしまう羽目になったのは、また秋頃の話。
「さぁて。そろそろ午後の診察時間になるから、君たちには退散してもらおうかなぁ」
爽太さんの視線の先の窓には、回診していた車が駐車場に入って来たのが見えていたようで、私たち三人は休憩室から追い出されてしまった。
須藤くんと鈴木くんが先を歩き、私は一旦立ち止まって見送りに外に出て来ていた爽太さんを振り返った。
「一つ、聞いても良いですか?」
「どうぞ」
「あの時、『くだん』はなんて言ったんですか?」
「その質問。道彦様にも九条様にもされたなぁ。答えは『何を言っているのか意味が分からなかった』」
「……道彦も九条さんもそれで納得しました?」
「さぁどうだろうね」
「……意味が分からなかったと道彦と九条さんに答えた時、こう質問されませんでした? 『五村に関わり合いはあるか』と」
「なかなか比和子様は聡いお方だ。確かに聞かれたね。だから言ったよ。地名は出てこなかった、って」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ。大したことが話せず申し訳ない」
爽太さんはポリポリともじゃもじゃの髪の中に指先を入れて頭を掻く。
のほほんとしてちょっと天然ぽい感じだけれど、見た目や話し方に惑わされてはいけない。
澄彦さんを以ってしても変人と言われるだけのことはある。
私は爽太さんに背を向けて、言おうかどうか迷ったけれど口を開いた。