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 爽太さんが隅にいるヒヨコの背中に御札を押し付ければ、先ほどのヒヨコよりも凄まじい断末魔を上げた。

 耳が良い須藤くんは両耳を塞いだけれど、いつまでも続く断末魔に眉を顰める。


「おいおい、須藤。消えないぞ?」


 私の陰に隠れてひょっこりと顔だけ出してトレーを覗き込んでいた鈴木くんが震える指でヒヨコを指差す。

 ヒヨコは御札が当てられた部分だけ溶かされて火傷のようになり、もがき苦しんでいた。

 そして御札は最初こそ黒い靄を吸い込んでいたけれど、既に紙切れと化してその役目を終えてしまっていた。

 中途半端に祓われた格好になってしまい、断末魔の間に私たちを睨み付けるヒヨコの目が血走ってくる。

 これは、かなりまずい状況なのでは……。


「だから首を折ってからの方が負担が少なかったのに」


 爽太さんが手を伸ばすとヒヨコは猛烈な勢いで嘴を凶器に変えて手を攻撃し、とっさに引っ込めた爽太さんの人差し指に血が流れる。

 嘴を伝って爽太さんの血の味を知ったヒヨコは明確な意思を持ってトレーから飛び出そうとしたけど、まだ小さいので乗り越えることは出来ない。


「どうすんだよー、須藤ー。玉様の父さん呼ぶのかー?」


「まさか。この程度で澄彦様をお呼びしたら、南天さんの雷が落ちる。上守さん、お願いします」


「えっ!? 私!?」


 不意にお願いされて私は戸惑う。

 子供を宿した時から神守の眼は極力使用しないということを玉彦や澄彦さんと約束している。

 眼の力は身体に負担を掛け、無自覚な疲れがある。

 玉彦が言うには身体の疲れとして現れるのは余程酷い時で、無自覚な疲れと言うのは気の流れが乱れている状態だと言う。

 流れが乱れすぎると身体にも疲れとして表面化するのだそうだ。

 そして気の乱れは私と一蓮托生のお腹の中の子供にももちろん影響してしまい、悪いことはあっても良いことは一つもない。

 それを須藤くんも知らないはずはないのに、と彼を見れば私の胸元を指す。


「玉彦様の御札」


「あっ! そうよね。そうだわ。そうだった!」


 慌てて御札を須藤くんに渡せば、それは爽太さんの手に渡り、そしてこちらを見上げて飛び跳ねていたヒヨコの頭にトンっと乗せられた。

 目を見開いたヒヨコは断末魔を上げる前に一瞬にして黒い靄の塊になって御札に吸い込まれた。

 まるで手品のようだと思いつつ胸を撫で下ろし、四人同時にホッと気を抜いた。

 次代の玉彦の御札は下方の隅だけ黒くなっただけで、この調子なら人面ヒヨコ百匹くらいは余裕で直接祓えそうだった。


「この御札、このまま貰ってしまっても?」


「あ、はい。差し上げます。でも多分玉彦の御札よりも澄彦さんの御札の方が長持ちすると思うんですけど」


 次代の御札もかなり強力だけれど、当主である澄彦さんの御札はその遥か上をいく。

 次代と当主の間には越えられない壁があると前に玉彦が言っていたように、神落ちに嫌な気配であると認識させ五村へと追い立てた存在の緋郎くんが持っていた御札は澄彦さん作のものだ。

 それに爽太さんが動物病院で使用していた御札は当主であった道彦の御札であったからこそ今まで効力が持続していたのだろう。


「玉彦様の御札が使えなくなったら、当主様に貰いに行くよ。ありがとうございます」


 爽太さんは私に軽く頭を下げると、御札を診察室の神棚のに祀り上げた。

 その瞬間、動物病院に漂っていた黒い靄の残骸が一斉に払われて清浄な空間に変わり、心なしか呼吸がしやすくなる。

 御札を神棚に祀ることで一種の結界が完成した感じだ。

 おそらく玉彦が動物病院を内見すれば、誰が結界の仕掛をしたのか一目瞭然なのだろう。

 先代道彦が仕掛をした可能性が高いけれど、動物病院は比較的新しそうな感じなのでもしかすると澄彦さんが一枚噛んでいるのかもしれない。

 でもそうだったら御札の予備を渡すだろうからやっぱり道彦なのかも。

 まだまだ私の知らないところで五村には正武家の陰ながらの活躍があるようである。


 神棚に一礼した爽太さんは大きく伸びをして、今さら鈴木くんにところで君は誰と尋ねていた。

 須藤くんのお友達ですと自己紹介をすれば、今度は須藤くんを見た爽太さんが涼は一体何しに来たの? と不思議そうに首を傾げた。


「弁当、届けに来たんだよ。忘れていっただろ」


「え。本当? 気付かなかったなぁ。そろそろお昼だし、一緒にご飯にしようかー」


 ふと壁時計を見上げると針は既に正午を回っており、私のお腹も何だか空いてきたような気がする。

 玉彦と豹馬くんもそろそろ例の事案の現場に到着しているころだ。

 私は一度だけ室内を振り返り、室内にはもう何も残されていないことを確認してから診察室を出た爽太さんに続いた。



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