第二章『玉彦の数少ないお友達』
玉彦の誕生日は喜ばしいものだけれど、数年前の誕生日の夜は私の両親と弟の訃報が海外から届いた悲しい思い出がある。
七月になり、玉彦と私は両親と弟が眠る正武家代々の墓地を訪れて手を合わせていた。
三人は澄彦さんの意向により村内の墓地ではなく、正武家の墓地に新たに建てられた墓石の下に納骨されている。
これは澄彦さんがお父さんと親友だったからではなく、正武家と清藤のお家騒動に巻き込まれ亡くなってしまった三人の菩提は正武家が続く限り弔うことを誓ったからだ。
正武家の墓地には歴代の当主や家族だけではなく、稀人やそう云った所縁のある人たちの墓石が多数ある。
ちなみに稀人は自身の生家のお墓に入ることも出来るけれど、大体はここに眠っているそうだ。
お参りを終えた私たちは当たり前のように手を繋いで、墓地を後にした。
鈴白村の商店街を散歩しようと足を運んでいると、墓地と村の大通りが交わるところで自転車を全力疾走させる駐在さんとすれ違った。
玉彦に気が付いた中年の駐在さんは通りすがりにぺこりと頭を下げて、スピードを上げる。
大きな黒い日傘を左手に、右手は私と繋いでいた玉彦は眉間に皺を寄せると、商店街に向けていた足先をお屋敷の方向へと変える。
私はふんっと踏ん張って無言で予定通り商店街に行くわよ、と玉彦を睨めば彼は溜息を吐いた。
鈴白村は本当に絵に描いたような田舎で、事件なんかほとんどない。
なのに駐在さんがあんなに慌ただしく自転車を漕いで急ぐってことは、何か大事件があったと思うのよ。
田舎で起こる殺人事件を解決する探偵の話を思い出しながら、私は足取り重い玉彦と一緒に商店街へ向かう。
「首は突っ込んでくれるなよ」
「わかってるって。見るだけ、見るだけ、ね?」
夕方前の商店街は夕飯の食材を買いに来ている主婦や放課後の寄り道をしている学生や部活帰りの子、遊び疲れて家路を急ぐ小学生も大通りを歩いており、なかなか賑わっていたけれど、その中でひときわ人だかりが出来て歩みを止める人が多い場所があった。
私も学生の頃お世話になっていた駄菓子屋さんである。
もしかして高齢の店主が倒れたのか、とも思ったけれど、そうだったら呼ばれるのは駐在さんではなく救急車である。
「万引きだって!」
「いやぁねー」
二人の主婦が私たちに頭を下げて、通り過ぎてから再開させた会話が耳に届く。
「万引き、ねぇ」
「駄菓子屋で万引きとなれば、余程多くの菓子を盗もうとしたのだな。いくら店主が老齢とはいえ、流石に見付かるであろう」
けしからん、と眉を顰めた玉彦の袖を引く。
「いや、別に一万円以上盗んだから万引きとかそういう訳じゃないからね」
久々に聞いた玉彦の世間知らずな発言にサラッと訂正をして、私は人垣の後ろからつま先立ちして駄菓子屋を覗く。
玉彦は僅かに首を伸ばしただけでも見えるようで、興味なさげに向けた目をどんどん大きく見開かせた。
「あれは……まったく、何をしているのだ……」
「え? 誰よ? 知り合い? 御倉神?」
玉彦は私の質問に答えず手を離し、ぱんぱんと手を叩くと振り返った人垣を作る人たちが一瞬静まり返って十戒の海のように玉彦の前の道を開ける。
次代様、玉彦様、と思わず口にした村民は一礼をして後ずさった。
彼らからすれば目の前の万引き犯よりも余程正武家の玉彦の方が恐怖を感じる対象のようだ。
玉彦は私に両手で日傘を持たせると、絶対に近付くなと面倒臭そうに口にする。
何事かと披かれた前を見れば、駄菓子屋の店先には薄墨を纏った黒い大きな塊が蹲っていて、駐在さんは視えていないようで呻くその人物の首根っこを押さえつけているようだった。
普通の人には視えない薄墨は、私の経験上人間に良くないモノが憑りついている証拠で、玉彦が大股で近付く先にいる人物は相当悪いモノが憑りついていた。
しかも一つや二つではなく、幾十のモノに憑りつかれていて、よくもまぁ無事に生きていたものだと不謹慎だと解かりつつ思ってしまった。
玉彦も普段なら視えないけれど私と手を繋いでいたので視えてしまったようで、思い切り顔を顰めて駐在さんの隣に腕組みをして蹲って呻く人間を、軽く足で蹴る。
すると薄墨は砂鉄が散らばるように霧散し始めたけれど、すぐに舞い戻って来てくっついてしまう。