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 診察室のドアから中に入ろうとしない須藤くんの背後に近寄れば、か細い声が私の耳に届いた。

 うぎゃあうぎゃあという甲高く細い声。

 動物の鳴き声と言うにはあまりにも人語としてはっきりと聞こえる。

 須藤くんは病院の外からでも聞こえていたようで、奇妙な声に嫌な予感しかしなかったんだろうな。


「父さん?」


 声を掛けられて振り向いた爽太さんの左手には生まれたばかりと思われる鳥の雛が握られていたけれど。

 私と鈴木くんは同時にうわっと驚いてしまった。


 ピンク色の鳥の雛の胴体は握られ、翼の部分がバタバタと暴れて爽太さんの親指と人差し指の輪の中から抜け出そうと弱々しくもがいていた。


 それだけなら私も鈴木くんも驚かない。

 雛は確かに鳥で、お祖父ちゃんの家でも生まれたばかりのヒヨコを見たことがあるからたぶん鶏のヒヨコなんだろうけど。


 嘴の上にあるはずの可愛らしい顔は、どこからどう見ても禿げたおじさんなのである。

 しかも濃い目の。げじげじ眉毛まではっきりと見える。

 所謂人面鳥というやつだ。

 しかも本物。


「なっ。ななななな、なにをしてるんですか!?」


 須藤くんの背後に私の姿を見つけた爽太さんは、やぁ、と言ってヒヨコを握っていた左手を上げて手を振ってくれたけれど、左右に振られたヒヨコはうげぇと悲鳴を上げた。


「さっき持ち込まれちゃってさぁ。処理してんのよ。見るかい? メスもいるんだよ。美女なら育ててみたいけど残念ながらそうじゃないから期待しないでねっ」


 もう何をどこからツッコんでいいのか私には解らない。


 持ち込まれたって、どこから?

 普通に考えればどこかの養鶏場からだろう。

 この様子だとたまに持ち込まれてくるようである。

 処理って、どうやって?

 処理が失敗してるから黒い靄が動物病院の外まで漏れ出してるんじゃないの?

 大丈夫なの?

 メスがいるのは理解できる。

 でも美女だったら育ててみるつもりだったの!?

 そしてどうして期待すると思っていたのよ!?


 私は澄彦さん以上の変人の言動に眩暈を覚えた。


 私たち三人は爽太さんに中に入ってドアを閉めるように言われて、大人しく従う。

 こういうものの処理をする場合、病院から爽太さん以外は出て行くようにしているそうである。

 診察台を挟んで爽太さんの正面に回った私の目の前には、握られたおじさんヒヨコの他に、十センチほどの深さの水色のトレーに乗せられたメスのヒヨコがいる。

 爽太さんが言うように確かに美女ではない。

 目は腫れぼったく薄目を開けていて、残念ながら生まれたばかりなので頭の毛はない。

 ていうか育てば髪の毛が生えてくるのか謎だ。

 確かにおじさんヒヨコよりは女性的に感じるけれど、正直私には人間の顔を持った性別不明のヒヨコである。

 すると須藤くんはヒヨコのお尻を持ち上げてちょっと抓んでから首を捻った。


「これ、メスじゃなくてオスじゃないの?」


 須藤くんの手元を覗き込んだ爽太さんは、あぁオスだったかーと残念そうに眉をハの字にさせた。

 後で須藤くんに聞けば、ヒヨコの雌雄は肛門のところにある生殖器の突起があるかないかで判別するのだそうだ。

 あればオス、なければメスというように。

 ちなみにヒヨコは本来なら生まれてすぐから黄色のふわふわの羽毛に包まれていて翼の羽の先端でも雌雄を判別することが可能らしいんだけれど、この二羽の人面ヒヨコは生まれても黄色の羽毛は纏っていなかったそうで、ピンクの地肌がそのまま見えていたものだから養鶏場の人はすぐに発見して動物病院に持ち込んだそうだ。

 可愛らしいヒヨコの中にこんな人面ヒヨコが紛れ込んでいたら、それはそれは目立ったことだろう。

 そして見つけてしまった人は軽くトラウマになってもおかしくはない。


 ヒヨコを検分する爽太さんに話を聞きつつ、私はふと疑問に思った。

 こうした不可思議なものが生まれた場合、まずは正武家に持ち込まれるんじゃないかと。

 年間奇形のヒヨコが鳴黒村で生まれる確率は私には分からない。

 けれど生物学的に奇形であるヒヨコは全国でも生まれることはあるだろうことは分かる。

 しかし人面を持ったヒヨコとなれば話は別だ。

 模様が人面に見えるという鯉ですらニュースになるくらいだから、本当に人面のヒヨコが見つかったなら大パニックになるだろう。

 だから、このヒヨコは『普通ではないヒヨコ』なのである。

 普通では有り得ない物事が五村で発生したとき、出番となるのが正武家様だと村民誰もが思っている。

 なので当然持ち込まれてもおかしくはないけれど、私が正武家に住み始めてから一度もそういう話を聞いたことがなかったし、近代の正武家の人間の顛末記を読んでいてもそういう記述はなかったように思う。

 人面ヒヨコなんて書いてあったなら、私は絶対に玉彦に止められようとも読んでいたはずだ。



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