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 そんなことを考えていると、車は目的地に到着し、私たちは三人揃って無言で車外へと出た。

 匂いがどうとかそういうのが理由ではなく。

 赤い屋根に白い壁の平屋でだだっ広く横に広がる動物病院の周囲に不穏な黒い靄が薄らと漂っていたのだ。

 私はばっちり視えていたし、あれだけ燥いでいた鈴木くんは無言になって僅かに須藤くんの陰に隠れるし、須藤くんはあまり良く視えないのか目を細めて、でも片耳を煩そうにして塞ぐ。

 お弁当箱を持っているから両耳は塞げなかったようだ。


「えーっと……。中に入っても良いの? 須藤くん」


「どうしようか。あんまりいい感じはしないよね」


「や、止めとこうぜ。危険な香りがするんだぜ」


「危険な香りがするところに僕の父さんがいる訳なんだけど。どうしようかな。上守さんと鈴木を置いて行く訳にもいかないし、かと言って上守さんを一緒に連れて行くのも危ない気がするんだよね」


 考え込んだ須藤くんの肩を私は、ふふふと笑いながら叩いた。


「心配無用よ、須藤くん」


「え?」


「こんなことがあろうかと玉彦の御札を一枚持ってきてるのよ。私だって何回も危ない目に遭ってるから玉彦がいない時には鈴と御札は持ち歩くって学んでるのよ」


 着物の懐に仕舞っていた御札と鈴をチラリと見せれば須藤くんは、おおっと感嘆の声を大袈裟に上げた。

 ふふふん。

 そう、私だって学んでいるのだ。

 玉彦がいない時に限って私は問題に巻き込まれやすいし、稀人の須藤くんが一緒だから安全だと思うけれど、それは私と須藤くんだけなら、の話である。

 玉彦や豹馬くんが私に匹敵するトラブルメーカーだと証する鈴木くんと私が一緒ならトラブルの可能性は二倍なわけで、でも対応できる人間は須藤くんしかいない。

 どちらか一方に気を取られれば、もう一方はたぶん坂道を転げ落ちるようにトラブルに頭から突っ込んでいくだろう。

 だったらご利益のある玉彦の御札が私を護ってくれたなら、須藤くんも色々と動きやすいんじゃないかと思ったわけよ。

 須藤くんは私に絶対に御札を身体から離さないように、そして鈴木くんには絶対に勝手な行動を起こさない様にと言い聞かせて、休憩中のプレートが掛けられていた動物病院の大きな木製のドアを押し開けた。





 正面に受付カウンターがあるけれど、そこに座っているはずの人間はいない。

 お昼の休憩で席を外しているのだろうけど来院があった場合は、休憩時間なので時間を改めて来てくださいとか一言声掛けに姿を現してもいいような気もする。

 須藤くんは受付カウンターに身を乗り出して中を確かめ、私たちを振り返り首を横に振る。

 カウンターの奥に繋がる部屋がいつもなら休憩室も兼ねているそうで、誰も居ないようだ。

 外には車が何台か停まっていたのに中にいる人間の数がどう考えても合わない。

 回診用のバンが二台あるはずと須藤くんは教えてくれたけれど、バンはなかったので医師三人の内二人は看護師を連れて出払っている可能性が高い。

 そうならそうで病院の入り口には回診中で留守というプレートが掛けられて施錠されるはずだから、中には誰かが留守番をしているはずなんだけど。


 カウンターにお弁当箱を置いた須藤くんは待合室を抜けて診察室に足を向けたので、私と鈴木くんも後に続く。

 鈴木くんは私を盾にする様にぴったりとくっついて来ていて、警戒の程が窺えた。

 私を盾にするというか私が持っている玉彦の御札を盾にしていると言った方が正しいのかもしれない。


 診察室のドアに手を掛けた須藤くんは顔を顰めてからゆっくりとドアノブを下げる。

 するとドアの隙間から、もわわんと湯気の様に黒い靄が漏れだして、鈴木くんがうげげと声を上げた。

 ドアが全開にされて須藤くん越しに診察室の中の人物の背中が見えた。

 真っ白な白衣で後ろか見ても解る程のもじゃもじゃ頭。

 顔を俯かせているようでいつも丸く見えるもじゃもじゃが半円だ。


 間違いない。爽太さんだ。

 須藤くんのお父さんである爽太さんは、自分でもびっくりするくらいのくせ毛だそうで、天然のアフロに近い髪形をしている。

 背格好は玲子さんと同じくらいの身長で高くはないけれど、筋肉質でがっしりとしていた。

 お医者さんというよりは赤石村で漁師をしていると言われた方がしっくりくる。

 須藤くんの身長が高いのはどうやら緑林村で隠居生活を送っている祖父の遺伝子らしい。


 そしてそして。

 爽太さんはあの澄彦さんを以ってしても『変人』と呼ばれる人である。

 玲子さんの家庭の事情を知っても、田舎の家に婿入りしたため変人と澄彦さんが呼んでいるのかと思ったら、実情は違う。

 本当に変人なのである。

 なにせ私が高校の時に自宅を襲撃した犬外道を庭先で退治していた玲子さんを縁側で缶ビールを片手に応援し、その後正武家の人間が駆けつけるまであれやこれやと検死していたそうなのだ。

 それに玲子さんが山の中で出遭い退治した山の怪など不可思議な生き物を嬉々として家に持ち込み、自分の部屋で研究するのが趣味だという。

 先代の道彦と研究はしても発表はしないという約束をしているというから本当に筋金入りの変人だ。



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