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玲子さんは私のお父さんの光一朗の同級生で、澄彦さんとも同級生だ。
普段は普通の専専業主婦としてお家にいるけど、カレンダーを見るとたまに山に入って狩りをしているようだ。
……たまに夕餉のお膳に美味しいお肉があるけどそれはきっと彼女のお陰なのだろう。
こんな細身で華奢な女性が一体どうしたら猪や鹿を一人で仕留めて運んで来るのか不思議だ。
ちなみに玲子さんと鈴木くんは玉彦との祝言の時に顔を合わせていたけれど、鈴木くんはへべれけになってしまっていたので大した会話はしていなかったそうである。
ほぼ初対面の鈴木くんに遠慮なく玲子さんは距離を縮めて通山での須藤くんの生活を聞きだしていた。
学校生活以外の話になりそうになり須藤くんが咳払いをして鈴木くんは空気を読んで口を閉じた。
流石に須藤くんの華麗なる(?)女性遍歴を親、しかも母親の前で暴露されたくはないわよね。
一瞬の間が空いて、玲子さんの視線が私に移る。
「そう言えば玉彦様はどうされているの? まさかお役目中に三人で抜け出して遊びに来たわけじゃ、ないわよね?」
「玉彦は今日、豹馬くんと外のお役目に出掛けていまして」
「あら。相変わらずお忙しいのね」
「忙しいというか、何と言うか」
今月の予定では村外に出るようなお役目はなかったのだけど、鈴木くんが持ち込んでしまったせいで動く羽目になったとは玲子さんには言えない。
正武家をよく知る玲子さんだけど、一応お役目に関して正武家の関係者以外には口外してはいけないことになっているからだ。
「突発的なお役目が巻き起こりまして」
お役目だけならいざ知らず、S様宛に二人の赤ちゃんがなどと口が裂けても言えない。
「あらあら、大変ねぇ」
「私も力になれたらとは思うんですけど」
なにせ懐妊しまして、とはこれもやっぱり言えない。
まだ関係者以外には伏せられている極秘事項だからだ。
私と玲子さんの会話に耳を傾けていた鈴木くんは麦茶を一気に飲み干してトンっとちゃぶ台に置いた。
「ダメだよ、比和子ちゃん」
「え?」
「だって比和子ちゃんは……」
あ、え? まさか!?
何日かお屋敷に滞在して鈴木くんは気が付いてしまったのだろうか!?
慌てて鈴木くんの口を止めようとした須藤くんの手は一瞬遅く、鈴木くんは言った。
「なんの力にもなれないちょっと視えるだけの普通の人間なんだから。危ないって!」
「……」
「……」
「……」
「マジであぁいうのはヤバいんだから! 玉様に任せておけば良いんだよ」
「う、うん」
鈴木くんの剣幕に押されて頷けば、玲子さんはポカーンとしてからハッとしたように何度も瞬きをした。
そっか。鈴木くんには私の事は話していなかったんだっけ。
お役目同様関係者以外には伏せられているのには理由があった。
それは眼の世界で亡くなった人に会えるということが知られてしまえば、故人に会いたいと願う人が殺到してしまうためである。
ついでに言ってしまえば興味本位で能力の一部を見せてくれだとか言ってくる人もいないとは限らない。
遊び半分で自身の力をひけらかすのは玉彦や澄彦さんが最も嫌うことだった。
自分の力は己のためではなく人の為に使うべきと正武家の彼らは親から教えられていた。
ちなみに鈴木くんは玉彦たち三人組の近くに居て良く視えるようになってしまったと自覚していて、自分よりも玉彦たちと共に居る時間が長い私は当然影響されて視えてしまっていると素直に考えているようだ。
だから昨日、鈴木くんの生い立ちを聞いていた時に亡くなったお祖母ちゃんは視える? と私に聞いてきたのだろう。
素直に頷いた私に満足気な鈴木くんは、須藤くんに麦茶のお代わりを要求し、笑いを堪えていた須藤くんは開いたグラスを片手に台所へ行ったけれど、途中でこちらを振り返って玲子さんに対して眉を顰めた。
「ダイニングテーブルの片隅に弁当箱あるけど」
「えっ!? 嘘でしょ!? あらやだ。あの人、お弁当持って行くの忘れたの!?」
「普通こんなとこに置きっぱなしだったら掃除で気が付くだろ。何やってんだよ。そもそも母さんさ、台所に無駄なものが多すぎるんだよ。片付けろって何回も言ってるだろ」
須藤くんはブツブツ玉彦の様にお小言を言って背中を向ける。
すると玲子さんがこっそりと私と鈴木くんにだけ聞こえるような小声で愚痴を言う。
「あの子、大学からこっちに帰って来てから妙に台所っていうか家事全般に対して厳しいのよね。息子じゃなくて小姑かしらって思っちゃうくらい」




