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3


「大事に思っているからこそ気持ちを尊重するってこと、あるんじゃないかな」


「お前はそれで満足できるのか」


「うん。満足。二人揃っていればなお満足」


「……お人よしにも程があるであろうに」


「大好きな二人が一緒に幸せになってくれれば満足。ついでにそれを近くで見守ることが出来てなお満足」


「それは真に本心から出た言葉か?」


「もちろん」


 訝し気な感じから呆れて、しまいには憐みの感情を含んだ瞳になった玉彦様はゆっくりと僕の方へ身体を向けて両腕を伸ばし、抱きしめた。

 抱きしめられた僕はどうしていいのか分からず、とりあえず抱きしめ返してみた。


「須藤。一つ頼みがあるのだ」


 僅かに頷けば玉彦様の囁きが耳を擽る。


「稀人はすべからく、正武家家人を護ること誓わねばならない。しかしお前にはもう一つ別の主命を下す。もしこの先、私と比和子のどちらかを護らねばならなくなった場合、お前だけは必ず比和子の側に付け。私と比和子のどちらかを選択せねばならぬとき、必ず比和子を選択せよ。たとえ……私が命を落とすとしたとしてもだ」


 不穏な内容に思わず身を離そうとすれば玉彦様はがっしりと腕に力を籠めて顔を見られまいと僕の肩に額を当てた。


「この先、私には豹馬と竜輝、そして須藤という稀人が仕えることになる。この数は異常だ。将来必ず良からぬ何かが起こると私も父上も考えている。その際に比和子だけは犠牲にしたくないのだ。御門森の稀人は私を護ろうとするだろう。しかし須藤、お前だけは全てを敵に回したとしても比和子の側に」


「……しかと心得ました」


「必ず、必ずだぞ。絶対にだぞ」


「わかりましたってば」


「比和子が死ぬまでずっとだぞ」


「はいはい」


 駄々を捏ねる子供の様に繰り返す玉彦様の背中を撫でながら、これは大変な使命を承ってしまったと思った。

 玉彦様が心配するような出来事がこの先幾つも待ち構えているんだろうと思うと稀人になることに一抹の不安を覚えたけど、僕が居ることで何とかなることもあるのかもしれないと前向きに考えれば悪くはない。

 必要とされることは嬉しいことなんだ。

 疎まれて爪弾きにされるよりもずっと良い。


 見上げた春の空は高く、雲一つない。

 きっと僕の未来も翳りなく、明るいものだとなぜか思える。

 そしてふと家の二階を見れば、窓の端にカーテンに身を隠した母の姿が見えてあらぬ想像だけはしてくれるなよ、と玉彦様を宥めつつげんなりした。






 数年前の出来事をぼんやり思い出していたら、冷蔵庫から僕のブラックの缶コーヒーを勝手に飲み始めた玉彦様が椅子に座る。

 あれだけ上守さんを優先して護れと僕に言ったのに、いざそうしてみれば玉彦様は僕に下心があるんじゃないかとなぜか疑うそぶりを見せる。

 自分でそうしろって主命まで下したくせしてそんな態度を取るものだから、僕だって時々面白くなくて意地の悪いこともしたくなっちゃうんだよな。

 さっきのは少し、やりすぎたかもしれないって反省はするけど。


「豹馬。明朝すぐに出るぞ。支度をしておけ」


「はいよー」


「今すぐだ」


「今すぐぅ!? 明日の朝でも間に合う、だろうけど了解した。じゃあな、須藤!」


 遠回しに台所から出て行けと匂わされた豹馬は僕の肩を軽く二回叩いてからさっさと姿を眩ました。


「明日、比和子には留守居を申し付けた。鈴木も一緒だ。くれぐれも。くれぐれも! 無茶をさせぬように見張りを頼むぞ」


 コーヒー缶に口を付けたまま僕を見る玉彦様は眉間に皺を寄せていた。

 なので僕も皺を寄せてみる。


「承知しました。僕で良いの?」


「……良い」


「本当に?」


「それ以外に適役がどこにいる。良いか。優先すべきは」


「上守さん」


「うむ」


「この先もずっと上守さん」


「そうだ」


「承知しました!」


 なんだ。

 やっぱり忘れてないんじゃないか。良かった。

 ホッとして微笑めば、玉彦様はやっと眉間の皺を消してくれた。


「僕、やっぱり玉彦様のこと大好き」


「……俺も須藤のことは好きだぞ」


 そう言ったあと二人で声を出して笑い合っていたら、玉彦様は笑顔のまま台所の入り口を見て固まった。

 振り返れば玉彦様を探しに来ていた上守さんが、どん引きしながら片手で口元を隠していた。


 うん。なんか面倒臭いことになりそうだけど、今日も正武家屋敷は平和だ。



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