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「あまり……こういう類の話は得意ではないのだが……。本当に稀人となることに後悔はないのか?」
「ないよ?」
「……」
「ないってば。後悔しなきゃいけない理由って思い浮かばないよ?」
「私は比和子を妻に迎えたいと思っている。この先もずっと共にいたいと。惚稀人だからということではなく、上守比和子という人間を大事に思っている。彼女の気持ちが変わらぬ限り、数年後には夫婦になる。お前はそれでも稀人となるか? 自分が好いた相手を妻に迎える者に忠誠を誓い、仕えることが出来るのか?」
「……誰から聞いたの?」
「……豹馬。……と弓場」
あの二人か……。
豹馬は人の機微を見るのが得意だし、弓場さんは恋乙女だから人のそういうのに敏感なんだよな。
誰にもバレてないと思ってたのに。
特に玉彦様にだけは知られてはいけないって思ってたのに。
何してくれてるんだよ、二人とも。
僕は死ぬまで絶対に口にしないと誓っていた気持ちを仕方なく白状した。
「僕は確かに上守さんが好きだ。もう何年も会っていないし、話もしてない。でも忘れたことは一度だってない。産土神の社に毎朝手を合わせる度に思い出すよ。だって上守さんは須藤家の悲願を成し遂げさせてくれた人だから。毎朝白猿討伐を社に願っていた僕は、あの日を境に彼女の幸せを願うようになった。誰よりも幸せでいて欲しいって願ってる。彼女の幸せが玉彦様と共に在ることなら僕はその幸せを全力で護りたい。その為に稀人という立場が必要なら、稀人になる。須藤一族の願いと僕の護りたいという願いは、稀人となることで叶えられるんだ」
「ということはお前は私に仕えたいわけではなく、比和子を護る為に稀人になるということか?」
「それもあるけど大前提は正武家様が坐ってことだよ。正武家様なくして須藤は存在し得ないんだから。それと、玉彦様も豹馬たちと同じ誤解をしてるようだから言っておくけど!」
「……?」
「僕は上守さんと同じくらい玉彦様も好きだ」
「……すっ、すまない、須藤。お前の気持ちには……応えられない……」
間髪入れずに振られた態になってしまい、僕は慌てて玉彦様の肩を掴んだ。
すると玉彦様は目を逸らして気まずそうにするから僕は増々慌てる羽目になった。
「え、あの、え?」
「私に男色の気はない」
「知ってる、知ってる! 僕だってないよ! ないない。あってたまるか!」
否定しても訝し気にこちらを見る玉彦様の視線に耐えかねた僕は、そっと肩から手を離した。
「玉彦様も上守さんも。豹馬も弓場さんも。みんな好きなんだ。でもその好きって本能的な恋愛感情じゃなくて、心情的な家族愛みたいなものなんだよ。友情とかそんな感じの。ただその中でも上守さんだけ突出してるだけ」
「……それを世間では恋愛感情というのではないのか?」
「そうかもしれない。でも僕は上守さんとそういう恋愛関係になりたくない。絶対に」
「意味が全く解らぬ」
「だって恋愛関係っていつか必ず終わりが来ちゃうじゃないか。だったら玉彦様と幸せになった上守さんをずっと側で見守ってる方が精神衛生上ずっと良い」
「余計に意味が解らぬ」
「稀人になれば玉彦様のお側にずっと居られる。そして玉彦様が上守さんと結ばれれば上守さんもずっと側にいるってことじゃないか」
「確かにそうだが、己の手で幸せにしてやろうとは思わぬのか」
「……思わないよ。僕が出来ると思えない。上守さんが望んでいるのは僕じゃないから」
そう、上守さんが望むのは僕なんかじゃなく玉彦様なんだ。
夏祭りの夜、初めて彼女に出会ってすぐに心が揺さぶられたのは確かだけれど、すでに彼女は玉彦様と出会ってしまっていた。
疎まれ者の僕と正武家様の玉彦様じゃ比べるまでもない。
それに家の事情もあったから、恋愛以前にやるべきことが山積みで現を抜かしている場合でもなかった。
まずは白猿の討伐。それから正武家様の稀人となり、須藤家の汚名返上を。
恋愛とかそんなのは二の次だった。んだけど……。
彼女が夏休みに村を訪れて、トントン拍子に事態は好転して目標達成。
現を抜かしている暇が出来ちゃったけど、通山市へと帰る上守さんを見送る時に思ったんだ。
彼女と玉彦様は二人でずっとずっと石段に座り込んで別れを惜しむように話をしていた。
弓場さんや豹馬や僕が居ても、ずっと玉彦様と一緒だった。
二人で鈴を鳴らし合っては微笑み合う姿に嫉妬よりも先に、安堵感。
負け惜しみの様にちょっと一人で笑ってしまったら、豹馬と弓場さんに肩を叩かれて頷かれてしまったんだっけ。