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第五章『玉彦様と僕の男同士の話』

※須藤くん視点です。



 鈴木の事情聴取が終わり、当主の間から母屋へ戻って来た玉彦様が上守さんだけを部屋に残し、豹馬と僕が駄弁っていた台所に顔を出した。

 流石に頬は膨らませていなかったけど不機嫌そのもので、豹馬と顔を見合わせて嵐の前の静けさに身構えた。

 どかんと怒ればまだ簡単だ。

 でも冷静に論理的に語り出すと、長い。

 懇々と懇々と本当に懇々と長い。


 冷蔵庫の扉を開けて姿が見えなくなった玉彦様に聞こえないように豹馬が耳元で囁いた。


「思い当たるのは鈴木の事しかないんだが」


「あぁ……。たぶん鈴木の事と僕の事だと思う。夕方ちょっと上守さんとね……」


「マジかよ。勘弁してくれよ」


 そうは言っても話の流れでそうなっちゃったんだから仕方ない。

 玉彦様と上守さんが相思相愛なことは良いことで、玉彦様が隣にいる限り彼女はずっと幸せでいられる。

 自分の中で愛する人たちの殿堂入りを果たしている二人が揃って幸せであることは僕の幸せでもある。

 僕が正武家様の稀人である限り玉彦様を御護りし、玉彦様は伴侶である上守さんを護る。

 これほど強固で大義名分が与えられた立場に居られることは僕にとってかけがえなく、ありがたい。


 そう、あの時にも。

 高一のあの時にも。

 玉彦様と産土神の社前で語り合ったのに、彼は忘れてしまったのだろうか。





 高校一年生の春。

 珍しく玉彦様が僕の家を一人で訪ねてきた。

 稀人である宗祐さんや南天さんを連れずに一人で。

 母に呼ばれて玄関に行けば、玉彦様がいつもよりも神妙な顔をして話があると僕を外に連れ出した。


 日曜日の午後。

 春の日差しは柔らかく、優しく、暖かく。

 庭先にある産土神の社の前に玉彦様が腰を下ろしてなぜか体育座りになったので胡坐を掻くわけにもいかず、僕も隣に倣って体育座りをした。


 中学校を卒業して美山高校に入学して最初の休日。

 特に用事もなく家で過ごす時間に退屈していた僕には玉彦様の来訪は嬉しいものだった。

 けれど当の玉彦様は思いつめたように社を見上げて、話があると言ったわりに全く話しだす様子がない。


「玉彦様?」


 急かすのも気が引けるけどこのまま男二人で社の前で座り込んでいるのは奇妙過ぎる。

 それにこちらが気になるのか母がさっきから玄関のドアの陰に隠れていた。

 僕は顔を覗かせた母にあっちへ行ってと手を振って追い払う。

 母は遠目にも判るくらい口先を尖らせて立ち去った。

 僕に友達が来たからではなく、玉彦様が来たから気になって仕方がなかったのだろう。

 玉彦様の父親である澄彦様と母の玲子は同級生で『普通に』仲が良かったらしい。

 そこに上守さんの父親の光一朗さんも加わり、それはそれは騒がしい学生時代だったそうだ。

 鈴白村にはもう上守さんはいないけれど、玉彦様と僕、そして御門森の次男である豹馬がいる。

 三人が揃っているのを見る度に、澄彦様や母は学生時代を思い出すようだった。


 声を掛けられて俯いた玉彦様はゆっくりと隣の僕を見て、柔らかく目を細めた。

 その表情に男の自分ですらドキリとさせられる。

 整った造り物のように綺麗な玉彦様が僅かに微笑むだけで雷級の破壊力だ。

 高校入学早々にファンクラブが出来たらしいという噂は本当かもしれない。

 あまり感情を表に出さない玉彦様だからこそ、少し表情を変化させるだけですぐに話題になる。

 鈴白村出身の僕たちは玉彦様に慣れていたけれど、他の村の生徒たちは入学してきた正武家の玉彦様がどういう人物なのか興味津々だった。


「今日は須藤に大事な話があり、訪ねた。時間は大丈夫か」


「全然大丈夫」


「そうか……。そうか」


 玉彦様は何度も頷いてから、真っ直ぐに僕を見つめた。


「父上から須藤が稀人となることを了承したと聞き及んだ。近々表門にて儀礼を行うと。しかし、私には須藤に確かめなくてはならぬことがある」


「確かめる?」


「本当に稀人になるのか、ということだ」


「それってどういう意味?」


 玉彦様は一瞬言葉に詰まって目を見開いたのち、目を伏せた。


「稀人になるということは正武家玉彦に仕えるということ。いては、将来の私の伴侶を護り、次代となる子を護ることとなる」


「それは百も承知してるけど?」


 須藤家は悲願であった白猿討伐が達成され、数百年のしがらみから解放されて再び正武家様の稀人に返り咲くことが出来る。

 母は既に年齢的に厳しいものがあり、しかも澄彦様の稀人は南天さんと決まってしまっている。

 新たに稀人となる人間は玉彦様の子供が生まれるまで全て玉彦様の稀人となることから親の年齢の人間を稀人とするには難があった。

 ちなみに玉彦様の子供が生まれて以降に稀人となった人間はその子供の稀人となる。

 つまり稀人とは仕える正武家様よりも年上であってはならない、ということだ。

 僕は玉彦様よりも二か月だけ先に生まれているけれど、年が同じであれば問題はないと澄彦様から言われていた。



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