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 本殿前で解散し、立ち去る彼らを見送っていると竹婆が私のところまでやって来て、興奮未だ収まらずといった感じで鼻息荒く顔を顰めていた。


「激しい運動はなりませんが身体を動かすことは大切ですぞ。健全な精神は健全な肉体に宿る」


 竹婆は私に念を押して香本さんを促すと、松梅コンビとまったく男連中ときたら、と三人で口々に愚痴り合いながら本殿の離れへと消えた。

 私と那奈はどちらともなく本殿前から立ち去る。


「しっかし本当にデキたの? だって一週間くらい前でしょ、ヤッたの」


 私の下腹部を訝し気に覗き込んだ那奈は、手を伸ばして触ろうとしたけどすぐに引っ込めた。


「確実にデキたと思う」


 言葉に出来ないお力の奔流を体感していた私には確証がある。

 今まであんなことは一度だってなかった。


「……比和子もとうとうお母さんかぁ。次代の奥方様が御懐妊となると亜由美もすぐだろうなぁ」


「亜由美ちゃん?」


「だってずっと子供欲しーって言ってたもん。二人は欲しいって言ってたから、早めに御門森と作るだろうねー」


「そうなの?」


 亜由美ちゃんとはちょこちょこ会っていたけれど、子供の話をすることは無かったので那奈の話を聞いた私は亜由美ちゃんに気を遣わせていたのかと複雑な気分になった。

 なんでも話せる女友達だけど、豹馬くんからきっと事情を聞いていた亜由美ちゃんは私に気を遣って子供の話はしない様にしてくれていたんだろう。


「亜由美、子供好きだからね。二人と言わず三人くらい産みそう」


「……那奈は?」


「あたしー? あたしは子供あんま好きじゃないんだよね。自分の子供はどうか分かんないけど。とりあえずあたしは兄貴が結婚したら考えるかな」


「お兄ちゃんって彼女いるの?」


「いないけどそろそろどっかからお見合い写真とかきて決めると思うよ。一応うちの跡継ぎだしさ」


 そういう那奈はどうなのよ、と聞きたいところだったけど私はあえて聞かなかった。

 彼女は正武家の離れで働いているから、相応のお見合い話は来ているはずで。

 でも恋愛結婚に拘っているので先は長そうだ。

 それに離れでの仕事は不定休だ。

 結婚して仕事との両立となると仕事に理解ある人が絶対条件だろう。

 もし結婚したら仕事を辞めて家に入ってくれという玉彦の様な考えの男性だったら、那奈はどっちを選ぶのかな。

 私は那奈が納得できる選択をしてくれれば良いとは思うけど、我儘を言ってしまえばお屋敷から那奈が居なくなってしまうのはかなり寂しい。


 しんみりとぼとぼ歩いて母屋の玄関まで私を送ってくれた那奈は、マタニティブルーにはまだ早いと笑って立ち去って行った。



 竹婆に密告したな? と部屋に戻ってから玉彦に責められるかもとドキドキして襖を開けると、玉彦は何事も無かったかのようにお布団を敷いて待っていた。


「ただいま戻りました」


 掛け布団の上に正座している玉彦の前に同じようにして座ると、彼は温かい手で私の両手を包み込んだ。


「身体は冷えておらぬな」


「うん」


「これからのことを話し合い、すり合わせ決めたいと思っているのだが」


「うん」


「比和子に良かれと思いすることが、良くないこともあるようだ。我らにとって初めての事ゆえ、手探りとなるが共に考え悩み、進んでゆければと思う」


「うん」


「以前母上も仰っていたが、子が出来ればすぐに親になる訳ではないそうだ。子と共に親として成長してゆこう」


 微笑む玉彦に釣られて私も笑う。

 今日はぽろりと竹婆に話してしまったけれど、玉彦と私の事はまず二人で話し合うべきだと思った。

 こうして話せば玉彦だって頭ごなしになることはないし、私の気持ちだって知ってもらえる。

 逆に玉彦の気持ちも知ることが出来る。

 私は大丈夫と思っていても、玉彦からすれば私が無理をしている様に見えることがあってやきもきすることもあるだろう。

 私の気持ちも大切だけど、玉彦の気持ちだって同じくらい大切なのだ。

 どっちが上とか下とかはない。

 子供が出来て、嬉しい気持ちも不安な気持ちも二人一緒。


「これからも二人で頑張っていこうね、玉彦」


「うむ」


「そんな訳で明日から石段の掃き掃除を再開させるわね」


「それはならぬ。石段から転げ落ちたらどうするつもりだ!」


「今まで一回も転げ落ちたことなんかないわよ!」


 そんな言い合いをしつつ、私と玉彦の話合いの夜は更けていったのだった。




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