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五村を訪れる人間で駅を利用する人はバスかタクシーを利用する。
村民の大多数は自家用車を所有しており、外から来る人間が利用することが主なので、自然と来客が多い正武家へとお客さんを運ぶことになるタクシーは多い。
しかも珍しい名字だし、そもそも運転手の人たちは五村のどこかに住んでいる人たちなので訳アリで鈴白村のS様と言えば、暗黙の了解で何も聞かずに送ってくれたことだろう。
裏門に赤ちゃんを置き去りにしても、正武家からそういう指示があったんだろうと忖度して何も言わず、そういうことがあったと誰にも口外しない。目撃してしまったお役目に関しては口外してはいけないしきたりだから。
飯野美里がどの様な考えで自分の子供を裏門に置き去りにしたのかは解らない。
鈴木くんが言ったように強い守護霊を持つ人間の近くに子供を預けて守ってもらおうとしたのか、子供が呪われているから捨てていったのか。
鈴木くんが体調を崩して休職したあと、彼女の方に何らかの問題が起こってしまい、相談するにも鈴木くんは行方不明で思い出したのがS様の存在だったのだろう。
澄彦さんは南天さんを振り返り、片手を上げて奥の襖から退場させる。
たぶんタクシー会社へ連絡して正武家屋敷へとお客を乗せた運転手を探すためだろう。
裏門にて赤ちゃんを保護して数時間が経過している。
もうすでに飯野美里は帰宅の途につき電車に乗っている可能性が高い。
彼女は一度も振り返らなかったのかな……。
戻って子供を抱きしめて、裏門の扉を叩くことは選択肢には無かったのかな……。
みんなとは違う溜息を吐いた私を鈴木くんは申し訳なさげに見た。
そして彼を責めるつもりはないけれど。
豹馬くんが言ったように私と同じトラブルメーカーって、妙に納得させられてしまった。
良かれと思ってやってしまったことが裏目に出て大騒動になっちゃうのよね……。
しかも周りの人たちに止めておけとか釘を刺されてたのに、『なぜか』止められない羽目になっちゃって大目玉を喰らうところまでが良くある流れなのよね……。
思い当たる節が多々ある私もなぜか鈴木くんと一緒に肩を竦めてしまった。
「一先ず話は相分かった。原因を取り除けば問題は解決の運びとなる。次代、豹馬。後は任せる」
「承知いたしました」
澄彦さんと玉彦の間で話が纏まったところで当主の間での会合は解散されて、玉彦と私は母屋へと戻る。
鈴木くんは再び離れの事務所に行くように指示をされて、須藤くんと一緒に姿を消した。
手を引かれて部屋に入れば、玉彦はどかりと座布団に座ってがっくりと肩を落とす。
「鈴木め……。この大事な時に面倒事を持ち込んでくるとは」
「まぁでも大事なお友達が困ってるんだから一肌脱いであげなさいよ。鈴木くんの事情が分かって良かったじゃないの。一つずつ別々の案件じゃなくって繋がってたんだから、まだマシよ」
「鈴木と二人目の赤子は繋がったが、一人目はまだ何も解っておらぬ」
「あっ。そうよね。もしかして同じパターンで裏門に置いて行かれたってこともありえるのかも……」
でも鈴木くんが早々何度も同じようなパターンで玉彦の話を誰かにするだろうか。
もししていたとしたら、当主の間で思い出して話すんじゃないかな。実は他にもって。
玉彦は私の予想に目を見開きつつ、どこでどの様に何が繋がるのか皆目見当がつかないとぼやいた。
思いもよらないところで繋がっていた今回の件はともかく、最初の赤ちゃんもどこかで誰かと繋がってお屋敷に保護されたのだ。
私の予想の本命は澄彦さんだけど、たぶん玉彦も同じだと思う。
「兎も角、明朝豹馬と共に出掛ける。鈴木は置いて行く。比和子は大人しくここに居るのだぞ?」
「えっ。私、お留守番なの?」
「当たり前であろう。わざわざ役目に同行させる必要がどこにある。豹馬が共に行く。視える眼はある。それにお前は村外への外出は禁止されているだろう。忘れたか」
「あっ……。そうでした。でも玉彦と一緒だったら良いんじゃないの?」
「それは五村内の話である。身重の比和子に役目は極力させないと父上と決めている」
「私が居ないところでそんな勝手な」
「まだか弱い子が禍に触れ、喰われてしまっては困るのだ」
「喰われるって……」
「用心に越したことはない。もう一人だけの身体ではないと何度言えば解る」
玉彦に諭されて私は大人しく頷いた。
飯野美里の事案には興味はあるけれど、私が今優先しなきゃいけないことは無事にお腹の中で子供を育てることなのだ。
解ってはいるけど、どうしても気にはなるのよねぇ……。
そう思いつつお腹を撫でていると、玉彦の温かい手が重ねられた。
「事の顛末は帰って来てからじっくり語ってやろう。大人しく帰りを待っていろ」
「うん」
「鈴木は足手纏いになる故、置いて行く。暇つぶしくらいにはなるであろう。それに須藤も側に置いて……」
玉彦は言いかけてからかなり複雑な表情をして、須藤くんも置いて行くから何かあれば頼るようにと言ったのだった。




