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「しかし解せぬな。次代の話はどこに出てくる」


 澄彦さんは腕組みを解いて畳んでいた黒扇を唇に当てた。


 確かに。

 鈴木くんの話の中にまだ玉彦の話題が登場していない。


「とりあえず課長が調べて何もなかったと確認は出来たんですけど。次の日、飯野さんから連絡があって。押し入れに誰かいるって」


「いいね、いいね。それが本体だ」


「やっぱり……。でも夜中に飯野さんが警察を呼んで見てもらっても誰も居なかったって言われたんです。まぁその次の日にこっちにも連絡が入って課長とオレで行ったんです。でもやっぱり居なくて」


「お前は押し入れの中を見たのか?」


「いえ、やっぱり中に入れなくてですね」


「そうか。しかし飯野美里が『誰か』と言ったということは、人間を見たか声を聴いたと言うことだろう? どっちだ?」


「……夜中、寝返りを打って押し入れの方に身体を向けたら……すーっと開いて若い男が見ていたそうです……」


 無意識に息を飲み込んで自分の頭の中に想像してしまった光景をかき消す。


 真夜中、ふと見た押し入れの襖が音もなく開き、隙間から若い男がこちらをじっと見ている……。


 私だったら手を伸ばせば届く位置に玉彦が寝ているからすぐにでも助けを求められるけど、飯野美里は夫と離婚してしまっているから寝室には守るべき赤ちゃんがいるだけで、守ってくれる存在はいない。

 怪奇現象にしろ、実在した人間の仕業にしろ、恐怖以外の何者でもなかっただろう。


「……それは怖いね」


 澄彦さんが眉をハの字にさせたのと一緒に鈴木くんもハの字にする。


「……怖いです。飯野さんは飛び起きて美咲ちゃんを抱えて外に飛び出して、お隣さんを叩き起こして警察を呼んでもらったそうです……」


「しかし誰も居なかった、と」


「はい」


「で、いつになったら次代の話は出てくるんだい?」


 澄彦さんは最初こそ威厳ある当主様だったのに、いつの間にか鈴木くんと世間話をしている感じになってしまっていた。


「課長がお隣さんに話を聞きに行ってる時に、飯野さんに部屋に盛り塩をしてはどうかって言ってみたんです。そしたらですね。飯野さんがやっぱりあの部屋には何かあるんでしょうかって言うんですよ!」


 鈴木くんもさっきまでの緊張感はどこへやら、すっかり澄彦さんと打ち解けてしまっている。


「ほうほう。住人は何かを感じていたってことだね」


「飯野さんがじゃなくて、美咲ちゃんが押し入れを見て大泣きするそうなんです。しかも美咲ちゃんが生まれる前に旦那さんと住んでたんですけど、その時には音も何も聞こえなくって、美咲ちゃんを生んで家に帰って来てからだそうなんです。旦那さんは飯野さんと居ると気持ち悪いって言い出して、家に帰って来なくなって離婚しちゃって。飯野さんは美咲ちゃんが呪われてるんじゃないかって言い出しまして」


「生まれたばかりの赤子に祟られる謂れなどないだろう。そういう場合はまず親のごうを疑うべきなんだよ」


「そういうものなんですか……。んでもって、とりあえず飯野さんは盛り塩を置くことにしたようで、押し入れが勝手に開くことはなくなったみたいです。……で」


 鈴木くんはチラリと無表情の玉彦を見てから、澄彦さんに向き直った。


「もしかしたら美咲ちゃんは生まれたばかりだから守護霊様の力とかが弱いのかもしれませんねって……。だから変なモノを引き寄せちゃったのかなって……言っちゃいまして」


 鈴木くんが肩を竦めたのと同時に玉彦が敷いていた座布団を彼に投げつけ、立ち上がった。


「良く知りもせぬことを無責任に口にするなど言語道断である!」


「まぁまぁ落ち着け、次代よ。それで話には続きがあるんだろう?」


 違う意味の恐怖で固まっていた鈴木くんは投げつけられた座布団を両腕で抱え、ジリジリと玉彦と反対側に座っていた私の方へと寄って来る。


「オレの知る限り最強の守護霊様が付いてるのは友達だって言いました。そういう人の近くにいると美咲ちゃんの守護霊様も影響されて強くなるかもって。でも、友達は鈴白村っていうところに住んでいて田舎暮らしが長いから精霊さんが付いてるだけなのかもっていうのも……言いました」


「しかし次代の名は出さなかったのだな?」


「まぁ……実名を出して迷惑掛けちゃうのも悪いから、S様って。友達の結婚式の時に駅から丁度良い時間のバスが無くてタクシーに乗ったら鈴白村のS様って言ったら住所も伝えてないのに送ってもらえたって話も……しました」


 申し訳なさそうに肩を竦めた竦めたままの鈴木くんを全員で凝視して、同時に溜息を吐いてしまった。



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