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 飯野美里は市営住宅に入居した当時、まだ妊娠中で夫も一緒だった。

 けれど夫は子供が生まれて以降、家に寄りつかなくなってしまい離婚。

 老人が多い地域でママ友もいなく、飯野美里は養育費を受け取りながら生活保護を申請して細々と生活していたそうである。


 ちょうど彼女が離婚して一か月くらい経った頃、鈴木くんが仕事で市営住宅を訪れて老人たちから彼女の話を聞いたそうだ。

 飯野美里の部屋は市営住宅の一階で、通りに面した部屋の窓を開ければ物置が目に入る。

 二畳ほどの広さの十六世帯分が連結されたトタン屋根の物置は、最近雨風が吹くと歪み大きく音を立てるようになっていたので、一階に住んでいる飯野美里は迷惑していないか、という口実を作って鈴木くんは彼女の家を訪ねた。


 若い人が気になる老人たちの噂話もあったけれど、鈴木くんにはもう一つ理由があったのだ。


 それは『なんとなく』見えていたから。


 昼間だというのに一階の階段の踊り場だけが薄暗く、飯野美里の部屋の玄関から何かが漏れだしている感じだったそうだ。

 もしかすると変なモノがあったりするのかもしれないと考えた鈴木くんは好奇心を抑えきれずに首を突っ込んでしまったらしい。


 ここまで話をした鈴木くんは一旦考え込み、頭の中で出来事を整理し始めて、私と対面で鈴木くんを挟む様に座っていた玉彦と後方の豹馬くんはまたかといった感じで溜息を吐いたのが離れていても解った。

 鈴木くんの首を突っ込んでしまった気持ちをよく理解できる私は、前に多門に不謹慎だと言ったくせに彼の話の続きが気になって仕方がなく、その様子を感じ取った私の後方に座っていた須藤くんも溜息を吐いた。


「自分は何かあるなって感じしか解らなかったんですけど……」


 再び語り始めた鈴木くんは視線を畳に落として思い出す。


 インターフォンを鳴らしてしばらく、飯野美里が赤ちゃんを抱っこして現れた。

 中肉中背の三十程の女性で、表情は暗く、長い髪は一纏めに後ろで束ねられていて、生活疲れが見て取れた。

 鈴木くんは自分が市役所の職員であることを告げて、外の物置についていくつか質問をし、最後に住居について困ったことはないかと尋ねた。

 すると飯野美里は一瞬部屋の中を振り返り、最近四畳半の奥の部屋の押し入れから妙な物音が聞こえてきて眠れないことがあると言う。

 そこで鈴木くんは隣の家と壁越しに面していて物音が聞こえているのかと思ったけれど、すぐに考えを改めた。

 奥の四畳半の押し入れの壁の向こう側は、外なのである。


 隣の家と面している箇所は四畳半の部屋の反対側にある台所やお風呂場の辺りになり、八畳の茶の間を挟んでいる。

 二階の住人の足音でも響いているのかとも思ったけれど、二階の住人は現在風邪をこじらせて入院中のお婆さんの一人暮らしで留守となっていた。

 外の壁を誰かが叩いたとしても部屋の中に音が眠れないほど響くことは考えにくく、鈴木くんは首を捻った。


 人間の仕業にしては何かがおかしい。

 しかも何となく嫌な気配がする。


 という訳で、鈴木くんは四畳半の部屋を調べさせてほしいと飯野美里に申し出た。

 もしかするとネズミなどの害獣が壁の隙間に入り込んで悪さをしているのかもしれないと言えば、彼女はすぐにでも調べて欲しいと快諾した。

 そうして飯野美里の部屋に上がり込むことに成功した鈴木くんだったけれど、四畳半の部屋に踏み入ることが出来なかった。


 北側に位置していたとはいえ昼間である。

 なのに畳四畳半の変哲もない部屋は薄暗く、陰鬱としていた。

 押し入れがあるにも関わらずに壁際に畳まれた一組の布団と二竿の古箪笥。カーテンは開けられていて、窓の外には物置が見えた。

 住人である飯野美里は部屋の異変には全く気が付いておらず、鈴木くんだけが何かを感じ取る。

 ひんやりと部屋の奥から足元へ冷たい空気が流れてきていた。

 見えない空気の流れを視線で辿り、行きついた先は色褪せた襖で閉められていた押し入れだったそうだ。


「それで、お前はどうしたのだ」


 一呼吸置いた鈴木くんに澄彦さんは興味津々に先をと急かす。

 私も、澄彦さんと気持ちは一緒だ。


「それが……足を踏み入れた途端に具合が悪くなってそれ以上中に入れなかったんですよ。日を改めて何度か挑戦してみたんですけど、どうしてもダメでして。そのうち課長も一緒に来て、課長が押し入れを調べてくれたんですけど、何にも無くて」


「何度も部屋を訪れたのだな?」


「はい。たぶん、五回以上は」


「うんうん、そうかそうか。話を聞くに、お前はその時に憑かれてしまったのだな」


「……やっぱり」


「ただし、本体はまだ『そこにある』」


 ぞわっと二の腕に鳥肌が立って、思わず両手で擦る。


 鈴木くんの課長さんは恐らく何も感じない人で押し入れを調べても影響はなかったけれど、鈴木くんは無自覚に視えてしまう人間なので、押し入れの何かに引き寄せられていた悪いモノたちに憑かれてしまったのだと思う。

 ふわふわと漂う悪いモノは黒い靄となって鈴木くんに憑りつき、体調不良を引き起こさせた。

 そこから雪だるま方式で押し入れに関係のない悪いモノまで寄って憑りつき、鈴木くんは鈴白村を訪れる羽目になったのだろう。



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