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「じゃあ須藤くんはただの女好きって訳じゃなくて、きちんと好きになってお付き合いするんだけど、妙に失うことに臆病になってお別れしてるってこと? でも結局は失ってるじゃん」


「失ったとしても、相手から嫌われた訳ではないというのが重要なのだろう」


「なんていうか、こじらせてるわね、須藤くん」


「不可解な生き物であることには違いない」


 玉彦に不可解な生き物と言われた須藤くんは、横目で恨めし気に私たちを見て目を閉じる。


「もし。もしもね。別れる前に相手に子供が出来たって言われたら、僕は間違いなくその場でプロポーズする。だって好きだから。だから別れ話をする前に、正直、生理なんて来なきゃいいのになって毎回思ってる。来なければ結婚して子供も出来てずっと一緒に居られるから。でも子供どうこう以前にきちんと避妊しちゃってるからそうなる可能性がかなり低いんだよ……。彼女のこと考えたらしないわけにもいかないし……」


「ちょっと待ってよ、須藤くん。それって矛盾してるじゃん? そもそも別れ話さえしなければお付き合いはずっと続くでしょ?」


「解らぬのか、比和子。相手から別れを告げられたくない、嫌われたくないのだ、須藤は」


「はぁ? 意味が全然解んないんだけど」


「だから須藤は『一番好きだと思われるピーク』に別れ話を切り出すのだ」


「意味不明! 馬鹿なんじゃないの、須藤くん!」


 付き合って幸せの絶頂期に別れを切り出す神経って理解できない。

 相手だってどこに別れる理由があるのか、食い下がるだろう。


 私に馬鹿と言われた須藤くんは、仰け反らしていた身体をテーブルに突っ伏して顔だけこちらに向けた。

 形の良い唇をへの字にさせて、綺麗な瞳を潤ませる。


「だから僕も最低な人間だと自覚してるんだ。でも、どうしても怖いんだよ。今が一番幸せで、大好きだけど、いつ彼女が態度を豹変させて別れて欲しいって言い出すか分からないじゃないか」


 あぁ……。全ての原因は須藤くんの幼少期にあるのか。


 今まで仲良くしていた貴重な友達が、親から言われて次の日に会ったら自分を無視していじめる側の人間に回ってしまったことが何度もあったのだろう。

 人の心や行動がいつ豹変するかなんてわからない、というトラウマ。


「でもそれでも、ずっと好きのピークが続いて一緒に居たいって思えた人はいなかったの? この人だけは絶対に須藤くんから離れないって思えるような人」


「そのような女性がいれば、須藤はこうもこじれていないであろう。それにピークを維持している間、ずっと須藤は別れの恐怖に怯えているのだぞ」


 玉彦の身も蓋も無い言葉に須藤くんは顔まで伏せてしまった。


 女癖が悪いと思っていた須藤くんは、実はそうではなかった。

 きちんと相手を好きになってお付き合いをして、でも幼少期のトラウマから好きだけど別れを切り出される前に自分から切り出してしまうという不可解なこじらせ方をしていた。

 ある意味、玉彦よりも不器用である。

 でも須藤くんは須藤くんなりに真摯にお付き合いをしているようで、子供が出来ればすぐにプロポーズして結婚するという言葉に、私は少しだけ安心した。

 彼の女性に対する行動は不可解すぎるけれど、決して遊びではなく本気だったと知ることが出来たから。


 ちなみに須藤くんは昨晩、赤ちゃんが現れたあと、自室に戻って時期的に心当たりのある女性に連絡を取ったそうだ。

 でも彼女は既に他の男性とお付き合いをしており、世間話をして終わったと笑っていた。

 別れたあとでも世間話を出来る仲って、どんな別れ方をしたのか不思議だけど、きっと須藤くんと付き合った女性たちは、彼のそういうトラウマになんとなく気付いていて、好きだからこそ別れを受け入れてくれていたのかな、と思ったり。

 好きだからこそ、受け入れる。っていう歴代彼女たちの気持ちには頭が下がる。

 須藤くんも彼女たちがそういう人だったからこそ、好きになったんだろう。

 でもやっぱり、もし私が須藤くんの彼女だったら、絶対に納得できるもんかと駄々を捏ねたと思う。

 ということはきっと、私は玉彦がいなくても須藤くんのお眼鏡に適うことも無く、彼女にすらなれないタイプの人間なのだろう。


 私がそう玉彦に言うと、玉彦は一瞬微妙な顔をして、比和子は自分以外の人間に扱いきれる者ではないとなぜか息巻いた。

 それを見ていた須藤くんは、もし私が玉彦と出逢っていなければ、どうなっていたか分からない、もしかすると自分の運命の相手は私で、だからこれまで女性とお付き合いしても長続き出来ないのかもしれない、と火に油を注ぐ冗談を言って笑ったので、私も一緒になって笑ったら、玉彦は憮然となって黙り込んでしまった。


「あのねぇー、玉彦。もう結婚もして子供だって授かったのに、なんだってそんなにこんな冗談一つで怒ることがあるのよ。出逢った早い者勝ちだって言って、笑っていればいいのに」


 ポンポンと背中を叩けば玉彦は私に背を向けてしまい、どうやら面倒臭いスイッチを押してしまったようだ。


「それじゃあね、須藤くん。また後で、当主の間で会いましょ。ほら、行くわよ、旦那さま」


 肩を押されて立ち上がった玉彦は、何を思ったのか私をお姫様抱っこしてから須藤くんを見て、早くても遅くても何があっても絶対に流れは変わらないと呟いたのだった。



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