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それから、である。
午後のお役目は無かったものの、夕方から澄彦さんの招集があり当主の間で鈴木くんを交えて話を聞く事となり、私と玉彦は一旦母屋へと戻って着替えをし、小腹が減ったという玉彦と共に台所へと顔を出した。
鈴木くんは離れの事務所で高田くんと美咲ちゃんの面倒や、お母さんへ電話をするなどのコンタクトを試みていた。
台所では須藤くんが夕餉の下準備をしており、片手間に玉彦のインスタントラーメンを作ってくれる。
二玉のラーメンを啜る玉彦の隣に座って、私は須藤くんの背中に話し掛けた。
「二人目の赤ちゃんは確実に須藤くんの子供じゃないから良かったわよね」
私がそう言うと、須藤くんは一旦振り返って笑った。
「そうだね。でも……」
「でも?」
「でも一人目の子供も僕の子供じゃないからね?」
「わかってるけど。須藤くんて案外最低よね」
「……うん。その辺は僕も自分で最低な人間だと自覚してたりする」
須藤くんは一旦手を止めてダイニングテーブルの私の正面に座って、玉彦を見てから私に向き直った。
「上守さんは誰かを好きになって怖いなって思ったことある?」
「怖い?」
「この人がいなくなったらどうしようって。この人に嫌われたらどうしようって」
「私の場合は人生の大半が玉彦だから、まぁ。あるわね。嫌われるとかはともかく、居なくなったらどうしようって」
「僕も同じ。人を好きになるって、いつか別れが来るでしょ? そう考えるとこの人が元気なままの姿で思い出に留めておきたいって思うんだ。だから好きだけど、別れる選択をしちゃうことが多くてさ」
「もう突っ込んで聞いちゃうけど、須藤くんは女の子と遊びで付き合ってる訳じゃなくてみんなきちんと本気でお付き合いしてるってこと?」
私が聞くと、須藤くんは珍しく怒ったように眉間に皺を寄せた。
「当たり前じゃないか。好きでもない女性とお付き合いなんてしないよ、普通」
「でもその割にはとっかえひっかえ替わってるイメージなんですけど」
私が放った言葉に須藤くんはショックを受けたのか、椅子の背凭れに仰け反ってそのまま天を仰いだ。
「比和子。お前はまだ須藤という男を良く知らぬのだな」
隣でご馳走様と手を合わせた玉彦が須藤くんに同情の目を向ける。
「じゃあ玉彦は知ってるの? 須藤涼という人間」
「知っているも何も……須藤は尋常ではないほど人恋しがりだ」
「は?」
「お前も知っているだろうが、須藤は幼少期より他人との関わり合いが極端に少なかっただろう?」
玉彦の言葉に頷く。それはつまり、あれだ。
須藤家は白猿討伐の為に五村、特に鈴白村の中では村八分の状態にあった。
須藤くんが中一の時にそれは解決されて、それ以降は普通の人間関係を築けている。
でも全くの村八分ではなく、鈴白村のしきたりの浸透が浅い新興住宅地の学校の友達などは普通に仲良くしていたと聞いていた。
彼は人あたりが良くて、見た目も良かったものだから、自然とみんな引き寄せられたのだろう。
「様々な理由があったにせよ、自分と接してくれる人間は貴重で、しかしいつ何時態度を豹変させるか分からない状況にあった」
「うん……」
村八分にされる理由が、白猿だもんねぇ……。
自分自身に非があってそうなるならともかく、ご先祖様がやらかしてしまったことが理由の理不尽だもんねぇ……。
田舎の社会は狭いから、親が須藤くんと関わっちゃいけませんって言ったら、子供はそうなのかと思うもん。
親も親で田舎で上手く人間関係を築こうとすれば、右へ倣えになってしまうだろうし。
「だから、な。柵がなくなり、良好な人間関係を築けるようになった須藤は人一倍人間が好きになった。どんな些細なことでも自分を認めてくれる人間には好意を直ぐに寄せる」
「それって……惚れやすいってこと?」
「分かり易くいえばそうなる。そうしてそういう人間の好意には真摯に応える。その結果が……あれだ」
玉彦は抜け殻の様に天井を見上げている須藤くんを顎で示した。