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「本来の鍵は戻ってはきた」
「本来の鍵?」
「女は一本、合鍵を作っていたのだ」
「ええっ。そんな夜中に? 作れるところなんて……あぁ通山だったらここと違って二十四時間営業してるとこ普通にあるかぁ。でもその鍵は使用されなかったんでしょう? あれ? でもどうして玉彦がもう一本の鍵の存在を知ってるの?」
腕組みをした玉彦は天井を睨み付けて、思い出すだけでも身の毛がよだつと呟いた。
怖いもの知らずの玉彦が身の毛がよだつって相当なことがあったのだろう。
それ以上語ろうとしない玉彦から気まずそうな鈴木くんに視線を移すと、彼は肩を竦めて増々身体を小さくさせた。
「紅美ちゃんが作った合鍵は巡り巡ってどういう訳か一年生の女の子の手に渡ってたんだよ。んでもってその子は、あのう……玉様の事が大好きで合鍵を使って……家に侵入して……」
「あっ! もしかして前に豹馬くんが言ってたすんげえ女の子? ゴスロリの!」
小町は玉彦から三枚の御札を貰ったお礼として、玉彦の彼女を演じて通山の家に侵入した玉彦のストーカーのような女の子と修羅場になった話は聞いていた。
豹馬くんがリビングで優雅にお茶を飲む、彼曰くすんげえ女の子がいて、須藤くんの新たな彼女かと思ったらしい。
でも須藤くんは別の女の子を連れて帰宅。
で、ゴスロリの子に誰と聞けば、玉彦の彼女だと言ったそうだ。
豹馬くんと須藤くんは絶対にそんなことあり得ないと知っていて、どうしてこんなことになっているのか考えただろう。
それから守くんと小町を連れた玉彦が帰宅して、大騒動だ。
「女の子がどうして家に入れたのか不思議だったけど、合鍵を持ってたのね。てっきり誰かが鍵を締め忘れた隙に侵入したと思ってたわ……」
呆れて鈴木くんを見れば、遠い目をして庭の木を眺めて呟いた。
「それからさ。その子から鍵の入手経路を辿って行きついたのが紅美ちゃんだったわけ。んでもってどうして紅美ちゃんが鍵を持っていたんだってなった時に、須藤が思い出したのがオレだったわけ。そいで、玉様の家の庭の木にオレは一晩吊るされたわけよ」
「一晩……」
その吊るされた長さに玉彦の怒りの度合いを感じる……。
鈴木くんはまた吊るされるのかぁ、と半ば諦め顔で半笑いしていた。
「でも良かったじゃないの。赤ちゃんのお母さんが判って。どういう話でそうなったのか分からないけど、一先ずは赤ちゃんがお母さんの元に戻るんだから」
私は玉彦の膝をポンポンと叩いてから、文机に置いてあったスマホを手に取る。
南天さんに連絡をして手筈を整えてもらわなくてはならない。
「良かったー。このまま名無しの子じゃかわいそうだもんね。で、あの赤ちゃんの名前はなんていうの?」
「え? あー美咲ちゃん、だったかな。美しい花が咲くって書いて美咲ちゃん」
鈴木くんの言葉にスマホをタップする手が止まった。
美咲、ちゃん?
玉彦は目を見開いて、美咲という名の男か? と鈴木くんに聞けば、彼は女の子だと言った。
「これは一体、どういうことだ……」
珍しく玉彦の読みが外れた。
と、思っていたのだけれど。
慌ただしく廊下を走り、中の伺いを立てずに襖を開けた豹馬くんは右手にお手紙を握り締めていた。
「またS様の子供が裏門に届いてるぞ!」
走って離れへと戻った豹馬くんの後を玉彦と鈴木くんが追い、私は出来るだけ早足で歩いて到着した離れの事務所を覗くと、高田くんの腕に抱かれた赤ちゃんの顔を確認した鈴木くんが美咲ちゃんだ、と驚いていたのだった。