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「ねぇ。もし母親が見つからなかったら、あの子どうなるの?」
お布団を敷いてくれている玉彦に話し掛けても背中は無言で、てきぱきとシーツを広げて一瞬私を見たものの作業に戻る。
「ねぇねぇ」
「なるようになるのだろう」
何度かしつこく聞いていれば、やっと玉彦は答えてくれたけどいつも通りの答えで私は納得が出来なかった。
「なるようにってことは、見つかれば母親のところへ帰るけど、見つからなかったら警察に届けられて、それでもダメだったら施設に預けられるってことよね?」
「大体の流れはそうなる。施設から養子に出されることもあるだろう。そのまま施設で育ち、社会へと出て行くのかもしれぬ。色々と可能性はあるが、母親さえ見つけてしまえば問題はなかろう。ただ……」
玉彦は敷き終わったお布団に正座で座り込み、腕を組む。
「誰が父親かを確かめねばならぬ。もしS様という者がこの屋敷に居り、自身の子を警察や施設に預けることを良しとする考えを持つような者ならば怪しからぬ」
「うん……」
「男女の関係に口を挿むべきではないのかもしれぬが、何も知らぬ無垢な赤子が犠牲になって良いはずもない。子を儲けることは一人では出来ぬこと。二人揃って行った結果は、二人で話し合い決めるべきである。どちらか一方に責任があるということではないだろう?」
「まったくその通りでございます」
「兎も角、多門が戻り母親を捜さねば話が始まらん」
「父親は捜せないのかな?」
私の疑問に玉彦はちょっとだけ考えて、無理だろうと言った。
「匂いがないから?」
「それもあるが、本当に屋敷にS様とやらがいると比和子は思っているのか?」
「うーん。正直ね、居ないと思うのよ。だって生後半年くらいの赤ちゃんでしょう? てことは、生まれたのは今年の初めか去年の終わりってことよね。とすると、お母さんの女性が妊娠したのは去年の二月か三月位にってことでしょう? 去年の二月とか三月って……」
私と玉彦は顔を見合わせて、流石に有り得ないだろうと思った。
一昨年の十一月は清藤の粛清があり、そこから私と玉彦は眠り続けていたのだ。
私は翌年、つまり去年の一月に目覚めて、玉彦はそれから二週間ほど遅れて目覚めた。
次代夫婦が本殿で昏睡し、当主の澄彦さんや稀人たちがお役目を担いつつ、女性に現を抜かしていたということは考え難い。
離れの事務所で名前を挙げられた彼らが正武家の一大事にそんなことをしているはずがなかった。
居ても立っても居られなかった私は、既に南天さんから連絡が入っているであろう多門に電話をすると、蘇芳さんのお役目の内容は教えてもらえなかったものの、こちらの出来事は把握していて終わり次第寄り道しないで帰って来ると言ってピッと通話を切った。
黒駒の鼻が必要なのだから、澄彦さんに言って黒駒だけこちらに帰すことは出来ないのかと聞けば、黒駒は澄彦さんから式としてお力は供給されているけれど、行使は全て多門に委ねられているので単体でお屋敷に戻すのは無理なのだそうだ。
赤ちゃんは今頃南天さんと高田くんに連れられて、保育園に向かっていることだろう。
私は玉彦とお布団に並んで寝そべり、母親があんなに可愛い赤ちゃんをお屋敷に置き去りにした理由を考えていたけれど、思い浮かぶのはどれもこれもが悲しい理由ばかりだった。
翌朝、昨晩の出来事は無かったかのように通常通りのお屋敷の生活が始まり、誰も赤ちゃんの事は口にしない。
夜に帰宅していた豹馬くんと台所で顔を合わせたけれど、話を聞いているはずの彼は私を見ても普段通りで昨晩の出来事に触れようとはしなかった。
鈴木くんはお屋敷に馴染み始めていて、今日はどんな暇つぶしをする? と私に聞いてきた時に、須藤くんがほっと安堵の表情を浮かべていた。
私が余計なことをせずに鈴木くんと他愛もない暇つぶしをするだろうと思ったのだろう。
お役目着の白い着物に身を包んだ玉彦を離れの渡り廊下まで見送り、私は鈴木くんと一緒に母屋へと戻る。
話し相手が出来たのは良かったけれど、鈴木くんとの話題は終始不可思議な出来事について、ばかりだった。
彼は今まで自分が視えていたものは自分の中で抱え込んでしまっていたので、信じてもらえることが相当に嬉しかったらしく、午前中は彼の生い立ちに絡んだ不可思議な出来事のお話を私は大人しく聞いていた。
彼には唯一お祖母ちゃんだけが理解者だったけれど、中学生の頃に亡くなってしまったそうだ。
成仏してるかな? と私に聞いてきたので、とりあえず鈴木くんには憑いていないから成仏しているんじゃないかな、とだけ答えておいた。
そして、である。
午前中のお役目が終わり帰って来た玉彦が午後の鈴木くんの座談会に参加。
そこで玉彦は珍しく鈴木くんの話に腰を浮かせて、彼の頭に太刀を振り下ろす時の勢いで良い音をさせて手を乗せ鷲掴みにした。
「貴様が元凶か!」