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五人の疑惑の目を向けられた須藤くんは肩を竦めて天井を仰いだ。
「女性とお別れする時ね、揉めたくないから時期が大事なんだよ」
「どういうこと?」
私が聞き返すと須藤くんは言いにくそうにしていたけれど、疑惑を晴らさなければならないと覚悟を決めたようで口を開いた。
「生理前ってさ、すごくみんな気が立ってるでしょ。そういう時って別れるのすごく揉めるんだよ。感情的になっちゃって。だから別れ話を切り出す時は後って決めてる」
「あんた、とことん女たらしの発想だね。でもそういうことなら、あとから子供出来ちゃったとか言ってくる女は居ない訳だ。ズル賢いというかなんていうか、引くわ!」
みんなが思ったことを代弁してくれた那奈は須藤くんに疑惑から変わった軽蔑の目を向ける。
気持ちは分からなくもないけど、須藤くんなりの思いやりなのだろう。
半分くらいは利己的だけど。
「ということは須藤は一応白な訳だね。残りは多門と宗祐だけど?」
「澄彦様。父はとうに還暦を迎えております」
「さすがになぁ。還暦を超えた宗祐はないか。じゃあ多門か! アイツ、女の影なんてあったか?」
「多門は休日も五村から出歩くことなく、黒駒と山を廻っているか、精々三郎さんのところへ顔を出すくらいですね」
南天さんが澄彦さんの考えを否定して、私も多門は違うと思った。
だって多門は自分の血は後世に残さないと決めていた。
そんな多門が女性とそういうことをしているとは思えない。
でも彼も男だから無いとは言い切れないけど。
「じゃあ鈴木くんか?」
澄彦さんがそう云うと、玉彦と須藤くんが同時に絶対ないと胸の前で揃って手を振った。
鈴木くんはつい先日お屋敷を訪れたから彼の動向を逐一知らないとここに赤ちゃんは連れて来られないだろう。
「誰が父親なんだ?」
澄彦さんは手紙に目を落としたけど、みんなの視線は澄彦さんに集まっていた。
こういう騒動を巻き起こすのは決まって澄彦さんが原因になっていることが多いと数年でみんなが学んでいる。
玉彦に至っては嫌というほど経験しているだろう。
「手掛かりはほとんどありませんね。一応五村内の役場で調べてみますか?」
南天さんが建設的な意見を述べる。
役場なら出生届が出されているはずだから何かわかるかもしれないけど、この田舎である。
赤ちゃんが隣の家から居なくなったという噂はすぐに回ってしまうだろう。
「いや、望みは薄いだろう。それよりも今日、五村内で見かけない車や人物を見た人間を探す方が早いかもしれないな」
澄彦さんは南天さんの意見を却下して新たな方法を提示した。
確かに見知らぬ車や人物は目立つけど、正武家のお屋敷にはお役目関連で来客が多く、村民は見知らぬ車などを見かけても村内をうろちょろしているならともかくお屋敷に向かって、それから真っ直ぐに帰っていく車ならあまり気にしていないかもしれない。
赤ちゃんを誰にも声を掛けずに裏門に放置していくくらいだから、後ろめたさも相まってさっさと帰ってしまっただろう。
「黒駒に赤子の匂いの先を追わせるというのはどうであろうか?」
玉彦の発言に那奈以外のみんながその手があったか! と感心したけど、黒駒を連れている多門は今日から遠く離れた蘇芳さんのお寺へ行ってしまっていた。
お役目が優先の正武家だから、赤ちゃんの母親探しは後回しで呼び戻すわけにもいかない。
「多門は早ければいつ戻るんだ? 南天」
「蘇芳様は厄介事と仰っていたので今日明日ということにはならないかと」
「そうかー。参ったなー。屋敷内で子供を預かることは出来ないし、保育園に預けるしかないな。南天、高田。準備して向かう様に」
どうしてお屋敷で預かれないのかはさっき澄彦さんが教えてくれた理由もあるけれど、お役目で面倒なものを持ってくるかもしれない依頼者がいた場合、赤ちゃんには百害あって一利なしだ。
子供は感覚に敏感なので、泣き通しになってしまうだろう。
赤ちゃんを抱っこして寝かしつけていた高田くんが事務所の奥から、自分の家で預かりましょうか? と申し出てくれたけど、澄彦さんは首を振って却下した。
高田くんがお仕事の時間、家で真由里さん一人で自分たちの子供二人と赤ちゃんの面倒を見なくてはならなくなってしまう。
高田くんが預かると言っても真由里さんに負担が掛かってしまうし、子供たちも困惑するだろう。
相談もなしに一人で決めては喧嘩になるよ、と澄彦さんは苦笑いした。
それにいつまでお世話しなくてはならないのか、先行きは不透明だ。
その点、澄彦さんがいう保育園は正武家が運営しているところなので、仕事として引き受けてくれるだろう。
五村の歓楽街の近くにある保育園は夜間保育もしている二十四時間対応なので安心だ。
ちなみに五村の各役場に隣接されている幼稚園や保育園は全て正武家の傘下になっている。
小中高は流石に村立だけど、それでも正武家の寄付により設備は充実していた。
「多門が帰って来るまでこの件は保留だな。さぁ、解散っ」
澄彦さんは軽く手を打ってから足早に母屋へと退散し、私たちはスッキリしないまま部屋へと戻った。