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 正武家では本殿の巫女が代々助産師の役割を果たすので、私がこうして本殿の離れを訪れることは小さな体調の変化を見逃さないためにもと、玉彦も文句は言わない。

 澄彦さんも玉彦も竹婆に取り上げられたそうで、今回も自分が取り上げると竹婆は張りきっていた。

 私はてっきり鈴白村の病院にお世話になるものだと思っていたから、自宅出産することに実はちょっとだけ怖気づいている。

 もし出血が酷かったり、子供に何かあったらお屋敷で対処できるのか不安だからだ。

 玉彦にそう不安を告げると、心配ない、無事に産まれてこないはずはない、と楽観的でちょっと腹が立つ。

 頬を膨らませた私に玉彦は、竹婆に任せておけば絶対に大丈夫と言い聞かせ、まだ膨らんでもいないお腹を撫でていた。



 私は香本さんが用意してくれたりんごジュースを飲みながら、自宅出産について不安があると竹婆に話せば、昔はどこの家でもそうだった、と諭された。

 でも万が一の事を考えて、出産の時には鈴白村のお医者さんをお屋敷に待機させよう、と言ってくれたので一安心だ。

 もしかしたら竹婆の気を悪くさせたもかもしれないと謝れば、竹婆は不安や心配事があるならきちんと話し合って、納得することが大事なのだと優しく目を細めた。

 厳格なイメージの竹婆だけれど、こうして話せば普通のワイドショー好きで柔和な人物なのである。


「不安なことと言えば……月子さんって妊娠中はお屋敷でどうしていたんですかねぇ……」


 グラスを卓袱台に置いて溜息を吐けば、香本さんがリモコンのスイッチでテレビの音量を下げた。


「月子殿は良く食べ良く寝て、よく働いておられたよ」


 竹婆の言葉に思わず二度見をしてしまった。

 働いていた?


「働くって、外でですか?」


「母屋の雑事などだね。普段と変わらぬ生活を送っていらしたよ。流石に外へ出ることは道彦殿も澄彦殿も禁じられたが」


「えええぇ~……良いなぁ」


 ポツリと呟けば竹婆の柔和な瞳にギラリと光が宿った。










「この、大馬鹿者どもが!」


 夕餉が終わり、澄彦さんと玉彦、そして竜輝くんを除く稀人衆全員が竹婆に呼び出され、篝火が灯された本殿前の砂利の上に正座させられていた。

 竹婆は彼らの前に仁王立ちして、脇に松梅コンビを従えている。

 私と香本さんと那奈は少しだけ離れたところから見守り、高田くんはおろおろとしていた。


「よいか、よく聞け、大馬鹿者ども! 健やかなお子を授かるためにはまず、母親が心身ともに充実していることが大事! 適度に動き、適度に食べ、適度に寝る! このどれ一つも欠けてはならぬ!」


 竹婆の轟きは静寂な本殿前に響き渡り、当主次代稀人衆の耳を貫く。

 彼らは一様に首を項垂れて竹婆のお説教に耐えていた。


「食べて寝るだけとは畜生と同じ! 玉彦殿は惚稀人様を座敷豚になさる御つもりか!」


 座敷豚というワードに那奈が声を押し殺して笑いを堪える。


「澄彦殿も澄彦殿だ。月子殿の時にもおんなじことを竹は申したのをお忘れかっ!」


「……覚えています」


「ならばなぜ玉彦殿の行いを窘められなんだ!」


「次代夫婦の事に口出ししてはならぬと思いまして……」


「だまらっしゃい! 夫婦めおとではなくご自身の孫の為にと窘めるのが本来ですぞ!」


 返事を返さずに僅かに顔を背けた澄彦さんの表情は、自分で質問したのに黙れと言われて何とも居た堪れないものだった。

 そうして矛先は玉彦に向けられる。


「して玉彦殿は座敷豚をご所望か!」


「……所望せぬ」


「しかしこのままでは惚稀人様は食って寝るだけの座敷豚まっしぐら。如何される御つもりか!」


「……適度に動き、適度に食べ、適度に寝る生活を送られるように尽力をする」


「この竹、しかと聞きましたぞ! 約束をたがえることあれば、当主次代稀人揃って鈴白神社の御神木に吊るしあげ、大馬鹿者どもと見世物にしますぞ!」


「……相分かった」


 本殿の巫女の竹婆の轟く大嵐を前にした当主と次代、稀人衆は両手を砂利に置き、頭を下げた。


「本殿の巫女様ってヤバくない? だって当主様と次代様に頭を下げさせるんだよ?」


 那奈がこっそり私に耳打ちをして、同じことを思っていた私も頷く。


「お役目に関しては正武家様が第一だけど、正武家という血筋を残す為に本殿の巫女は一家言持っているの。だから生活全般に関してお婆ちゃんに叱られることはあり得る。けどちょっとやり過ぎだわね」


 香本さんは肩を竦めて苦笑いしていた。



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