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澄彦さんは高田くんにそのまま赤ちゃんを抱っこしているように言って、私の隣に戻って来る。
高田くんは赤ちゃんを抱いたまま松梅コンビに事務所の隅に追い立てられて、そこから動くなときつく言われている。
「なに? どういうこと?」
玉彦に説明を求めれば、澄彦さんが口を開く。
「あのね。比和子ちゃんもご存知の通り、正武家ってヤツは非常にね家族が大好きなんだよ」
「それは、知ってますけど」
「比和子ちゃんのお腹の中にいる子ももう家族なんだ」
「はい」
「お母さんが自分以外の子を抱くのはどんなに小さくとも、まだ嫉妬という感情が芽生えていなくても嫌がるんだよ」
「はっ? だってまだ身体だって出来始めてないくらいですよ!?」
もう少し大きくなって胎動を感じたり、お腹を蹴ったりする頃になれば嫉妬すると言われても納得できるけど、正直今の状態だとまだ感情以前に人間の形すら形成されていない。
驚く私に玉彦はいつもの台詞を言う。
「そう云うものだから、そう云うものだと思え」
「理由は解かったけど、そういうお約束みたいなのが出来たのには何か理由があるんでしょう?」
だって澄彦さんや玉彦は知っていて当然としても、松梅コンビの反応はもう絶対に「正武家の子を宿した女性は他の赤ちゃんを抱いてはいけない」っていうお約束が代々言い伝えられているとしか思えない。
もうお約束というよりは、しきたりみたいなものだろう。
「遠い昔に何かあったようだが……竹あたりは詳しく知っているかも知れぬ。兎も角、子にも赤子にも良いことではない故、自重するべきである」
明日の朝にでも竹婆に聞いてみようと思いつつ、澄彦さんに部屋の外へと出るように促されて廊下に出る。
なぜか那奈も一緒に出てきて、澄彦さんと玉彦、南天さんと私と那奈で円陣になる。
輪の中心にあるのは澄彦さんの右手で、『S様』と宛名が書かれた手紙が乗せられていた。
「S様、ねぇ。アタシには当主様か玉さましか思い当たんないんですけど」
那奈に疑惑の目を向けられた澄彦さんはわざとらしく身を仰け反らせる。
絶対に違うって自信があるからそんな芝居じみたことをしているんだと思う。
玉彦は心外だと片眉を上げて那奈を見下ろす。
「S様、ということはイニシャルがSなのでしょうけど、当て嵌まる人物がここには多いですね」
推理を始めた南天さんはS様に当て嵌まらないから完全に白である。
ちなみに私も間違いなく白なので、南天さんに続いて推理をしてみる。
「正武家澄彦。正武家玉彦。須藤涼。清藤多門。無いとは思うけど……御門森宗祐。あとは……鈴木和夫? 超大穴で、正武家比和子の私? 友達が頼って来たとか?」
「比和子ちゃんは、無いね。手紙にはあなたの子供って書いてあるから」
澄彦さんはそう言って封筒の中から便箋を取り出して私に広げて見せてくれる。
便箋には横書きで、あなたの子供です。よろしくお願いします。と書かれているだけだった。
子供の名前すら書かれていない。
那奈に母子手帳はカゴに入っていたのか聞いてみたけど、入っていなかったようだ。
性別はおむつを替えた高田くんが男の子と確認はしたようだが、名前が解らない。
名前から身元を特定されて戻されてしまうことを母親は想定したのだろう。
でも予防接種の記録とか持病とかがあれば記されている母子手帳すらないなんて酷いと思う。
子供のことを考えてない。
まぁ、初夏とはいえ裏門に子供を置き去りにしてしまうような親だから期待するだけ無駄なのかもしれない。
五人で考えていると、多分みんなの本命の人物が母屋から歩いて来た。
どうやらお膳を下げに来て、三人の飲みかけの湯呑みが放置されていたのを不思議に思ったようである。
「なにしてるの?」
須藤くんは爽やかな笑顔を振りまき、南天さんと那奈の間からひょっこりと顔を覗かせて澄彦さんが広げた便箋に目を走らせてから事務所の中を見る。
「誰の子供?」
「須藤ではないのか?」
馬鹿正直な玉彦が直球で聞くと、須藤くんは一瞬固まってから絶対に有り得ないと苦笑いをした。
絶対有り得ないって絶対言い切れないと思うのは私だけじゃないはずだ。
だっていくらきちんと避妊をしたつもりでも、ちょこっと漏れちゃったりして授かった例は沢山ある。




