30
「あの時。須藤に見送られたはずなのにこんなとこで何やってんだよ。さっさと成仏しちまえよ」
「豹馬?」
「玉様。あの時の女だ。行き倒れの。ずっと妹に憑りついてたみたいだ」
玉様はやっぱり見えていないようで、御門森に近付いてしゃがみ込んで鉄の棒を片手で握る。
「逝け。鈴木草子。現世に留まっても何もない」
玉様の言葉にお姉さんは両腕を空に伸ばして消えていく。
成仏、したんだろうか……。
オレの目には天に向かって登っていったというより、ただ消えてしまっただけに映った。
「さて。後は残ったこの女をどうするかだが……。寿命はまだ少し残っているが、もう正気には戻らぬだろう。自業自得とはいえ何とも後味が悪い」
玉様はへたり込んでいた紅美ちゃんを横目で見たものの、すぐに興味を無くしたように立ち上がった。
「ちょっと待てよ、玉様……」
自業自得って、何だよ。
あのお婆さんと出会わなければ紅美ちゃんだってこんな目には遭わなかったんだぞ。
それに今の状況を見ればオレにも解かる。
もっと早く玉様が動いてくれていれば、紅美ちゃんは助かったかもしれないって。
寿命を一杯減らす前になんとかなったかもしれないって。
オレは玉様の黒い羽織の胸元を両手で掴み、見上げた。
「どうして」
助けてあげなかったんだよ。
玉様は一瞬だけ目を伏せてからオレを真っ直ぐに見据える。
「お前は何故、老婆の誘いに乗らなかった?」
「胡散臭いし、危ないからだよ。普通に考えて寿命なんか取られたくもないだろ!?」
「そこの女はそれでも良いと思い、老婆の誘いに乗ったのだ。束の間、寿命を支払い己が満足する夢を見たのだ」
「でも!」
「では老婆はどうだ」
「は?」
「老婆は女に夢を見させてやった。その代償に寿命を貰ったにすぎぬ。老婆があやかしだからと払わなくても良いという話にはならぬだろう」
「何を言ってんだ、玉様」
「お前は人の立場でものを言うが、あやかしからすれば堪ったものではないのではないか?」
「オレは人間だし、人間を助けたいと思うよ! 玉様は違うのかよ!」
「私は……どちらにも肩入れすることは出来ぬ。ただ……自身に関わる大切な者たちのためならば、動く」
「なんだよ、それ……。じゃあ紅美ちゃんは、違うのかよ!?」
「あの女は須藤の友人に過ぎぬ。助けを求められれば考えたが、そうはならなかった。幾度も助けを求める機会はあったのだ。しかし女は自身が助けを求める立場に居ないと思っていた」
「でも寿命が無くなるんなら、助けてやるべきだっただろ」
「……寿命が代償だと知ったのはつい最近。小町から聞いた時だ」
「でも、でも!」
「いい加減にしろよ、鈴木。玉様だって色々考えてたんだ。鈴白に帰って屋敷の書庫を引っくり返してまでどうにかならないのか調べてたんだ。寿命を取り戻したりできないのかって。お前たちがヤバいから、上守との時間を犠牲にしてまで帰って来たんだぞ」
御門森に腕を掴まれて、オレは玉様から離れた。
じゃあそうやって言ってくれよ、玉様の口から。
言ってくれなきゃ玉様が奔走してたとかオレには解んねぇんだよ……。
玉様は俯いて羽織の皺を睨み付け、さっと身を翻して穴の開いた玄関のドアから家へ入った。
「玉様だって人間で、鬼や悪魔じゃねぇからな。助けられるものなら動いていたさ。でもあの子は婆さんと共生しちまってて、無理に引き剥がせなかったんだよ。たぶん、オレたちが思っているよりもずっと前から婆さんを使ってたと思うぜ?」
御門森は項垂れるオレの肩を叩き、壁に突き刺さった鉄の棒を引き抜くのを手伝えという。
門の外に避難していた須田と小町ちゃんは呆けたままの紅美ちゃんを玉様の車の後部座席へと寝かせてあげていた。
そして車が走り出す。
運転席には、いつの間に帰って来ていたのか須藤が乗っていた。