29
「それにしても御門森。じゃあ一体、あの子の記憶はどこから始まってるんだ?」
「そりゃあ、ここだろ。ここが現実だ。嘘の記憶に嘘の記憶を重ねてやり直した気でいるけど、なんにも変わってねぇんだよ、実際は。それに……あの婆さんじゃどうにも出来ない流れってヤツがあるんだよ。玉様に、五村の正武家様に関わる人間には」
「はっ?」
御門森はそれだけ言うとこちらに背を向けてしまう。
そして玉様と対峙していた紅美ちゃんはオレたちの話が聞こえていたようで、お婆さんに詰め寄っていた。
「どういうこと!? 時間は戻ってたんだよね!?」
「戻った戻った」
「そうよね!? あいつらが言ってることって嘘よね!?」
「お前お前の時間だけ戻った戻った」
「私の、時間だけ?」
「そうそうそう」
「じゃあ今までやり直してたのは私の記憶の中だけだったの……?」
紅美ちゃんはがくりと膝から崩れ落ちて呆然と夜空を見上げた。
雲が月を隠して真っ暗な空だった。
紅美ちゃんの横顔からは段々と生気が失われて、だらしなく開けっ放しの口からは魂が抜け出してきそうな感じだ。
そうだよな。
何年もの寿命を使ったのに結局意味がなかったって酷い話だ。
しかもクーリングオフ出来ないんだぞ。
お婆さんと会わなけりゃあ減らなかったのに。
紅美ちゃんの頭上でくるくる回るお婆さんは御門森が投げつける鉄の棒を華麗に躱している。
「さて。時間も惜しい。さっさと祓い、終いにするぞ、豹馬」
「承知」
御門森は玉様の言葉に呼応して素早く動いて、玄関前に浮かんでいた蓑藁のお婆さんを鉄の棒でぶん殴り、地面に押さえつけた。
いやま、お化けだから許されるものの、普通のお婆さんにそれをやったら傷害罪なんだぜ。
お婆さんは仰向けで全く抵抗する素振りを見せずに、見下ろした玉様を見つめていた。
「こうなるだろうとは思っていたんだよ。この子も前のあの子も、あの須藤って男に近付くなって言っても聞きやしないんだ。でも最期に良いものを見れたよ」
お婆さんは道化ではなく素の話し方になり、玉様に語り掛ける。
「長いこと生きてきた。お前が私を喰らうんだろう?」
「……」
「所詮この世は弱肉強食さ。弱い者は強い者に喰われるのが道理だ。お前の背後の奴にはどうしても勝てなんだ。私のちっぽけな力じゃあ奴に関わる人間の記憶を変えることは出来なんだ。そこの別嬪さんも坊やも、お前の流れにとって大事な役割がある。そうなんだろう?」
「祓われ消えゆくものに語る言葉はない」
玉様は冷たく言い放って、口元を漆黒の扇で覆い隠すと聞いたことも無い言葉を連ねた。
お経の様にも聞こえる声が周囲に響き、徐々に御門森に押さえられていたお婆さんの姿が薄くなっていく。
これって俗に云うお祓いってやつだよな!?
玉様って霊能力者だったのか!
感心して見ていると、すっかり消えてしまったお婆さんに背を向けて玉様がこっちに歩いて来たけどオレは思わず悲鳴を上げた。
茫然と座り込んでいた紅美ちゃんの背後に、一昨年亡くなった彼女のお姉さんが姿を現したんだ。
上を向く紅美ちゃんのおでこを背後から手で抑え込んで、後ろに倒して首を折ろうとしている。
「た、玉様、あれあれ!」
オレが紅美ちゃんを指差しても、玉様は振り返って首を傾げるだけで、見えちゃいなかった。
霊能力者じゃねぇのかよっ!
こんな事になっちゃったけど流石に殺されそうになっている紅美ちゃんを見捨てる訳にはいかず、オレは立ち上がって駆け寄ったけど、それよりも早く御門森が動いた。
紅美ちゃんの背中から力技でお姉さんを引き剥がした御門森は、骨と皮だけになったお姉さんを転がして胸の辺りに鉄の棒を突き立てた。
ちょっと残酷過ぎやしないか?