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「他人様の家の前を汚すんじゃねぇ! 誰が掃除すると思ってやがる!」
「ふへっ?」
どこからか御門森の怒声が聞こえたかと思えば、門の方向から鉄の棒がものすんごい勢いで飛んできて、回転していたお婆さんの顔面に命中してそのまま玄関ドアに突き刺さった。
風圧でオレの汗ばんだサラサラヘアーがちょっと乱れる。
えっ? えええええ……。
オレに当たっちゃってたらどうすんだよ、御門森ぃ……。
玄関ドアに突き刺さった棒を両手で引き抜こうとするお婆さんの顔からは血も流れず、鼻を中心に酷く歪んでしまっていた。
どうにか鉄の棒から抜け出そうともがくお婆さんに駆け寄った紅美ちゃんだったけど、鉄の棒に触れた手がじゅわっと音を立てて肉が焼ける臭いがオレの鼻をつく。
「まったく……。あれほど部外者を家の中に入れるなと言い置いたはずだが。何をしていた、小町」
「だって……守が危なかったんだもん……。でも、そんなの小町の言い訳だ。ごめん、玉さま。約束守れなかった」
た、玉様?
四つん這いで門を見れば、御門森に下がるように言われた小町ちゃんと須田が車道まで移動していて、その代わりに真っ白い着物に真っ黒い羽織の玉様がいつもより五割増しの不機嫌な顔をして登場した。
「たたたたたたた、玉様ー!」
這い蹲って玉様の足元に抱き付くと邪魔だと蹴られたけど、オレは意味の解からない安心感に腰が砕けた。
もっと小さかったらお漏らしをしていたかもしれん。
「お前、一週間風呂とトイレ掃除だからな」
そう言って御門森はオレの両脇を抱えて門の外へと引き摺り出した。
「み、御門森ぃー」
「なんだよ。うるせぇな。お前のせいで休暇が台無しだぞ。玉様は御冠だぞ」
「お、おかんむりって久々に聞いた……」
パカンとオレの頭を叩いた御門森は腕組みをして玄関前を見ていた玉様に並んで小声で何か話しかけた。
二人の後ろ姿をぼんやり見ていたら、小町ちゃんと須田が座り込んでいたオレのところに来て腰を下ろす。
「玉さまが来てくれたから、もう大丈夫だよ、鈴木。良かったー。小町、どうなるかと思った」
小町ちゃんにバッグから取り出された御札は既に二枚真っ黒になっていた。
「さて」
玉様の声にハッとして前を向けば、玄関前には紅美ちゃんに救出された蓑虫婆さんがよたよたと浮かび、紅美ちゃんはお婆さんの陰に隠れている。
「須藤の周囲をうろちょろとしている分には構わぬが、流石に小町や守を巻き込むとなれば話は別である」
オレは? オレはどうなのよ、玉様!
「今宵消えることになるが、問題はあるまい」
玉様が腕を解くと閉じた扇が手に握られていた。
一歩踏み出した玉様から逃れようとした蓑虫お婆さんだったけど、御門森が二本目の鉄の棒を投げつけて行く手を塞いでしまう。
あの鉄の棒はどこから出てくるんだよ、と思って御門森を見れば足元に置いていた生成の袋から短い棒を数本取り出して手早く組み立てていた。
つーかその棒は何なんだよ。
御札と一緒に家に置いといてくれれば、オレにだって何とか追い出せたんじゃねーのか。
「ちょ、ちょっと待ってよ、玉様。お婆ちゃんは何にも悪いことしてないよ。お婆ちゃんは時間を戻して私を助けてくれてただけだもの」
蓑に隠れていた紅美ちゃんがお婆さんを庇う様に進み出て、玉様と対峙する。
全く理屈が通じなかった彼女に玉様はどう対応するのか、オレは黙って見守る。
こちらからは玉様の背中しか見えないのでどんな表情をしているのか解らないが、笑っていないことだけは確かだ。
「しかし代価として寿命を取られたのではないか?」
「そうだけど、同意の上だし問題ないでしょ? リターンにはリスクが付きものだし」
「お前はリターンがあったと思っているのか?」
「え?」
「リスクという寿命だけ支払い、リターンは本当にあったのか?」
「な、なに言ってんのよ。あったに決まってるじゃない!」
「本当に『時間は戻っていた』のか?」