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 それから数十分後。

 チャリで駆け付けた須田が家の前の紅美ちゃんと合流して、インターフォンを鳴らした。

 小町ちゃんはあれから一人で黙り込んでオレが話し掛けても応えてはくれない。

 小町ちゃんと一緒に玄関に向かい、ドアを開けると須田が訝し気にオレたちを見て、その背後の紅美ちゃんは楽しそうに右手で口元を隠して含み笑いをしている。


「何やってんだよ、二人で」


 須田は小町ちゃんとオレを交互に見てから玄関に入ろうとしたけれど、紅美ちゃんが須田の白いTシャツの背中を掴んだ。


「私も中に入って良いかな? 小町ちゃん」


 須田を人質に取られた格好になってしまい、思わず小町ちゃんを見れば無表情を崩さずに軽く頷いた。


「ありがとー」


 とうとう家に侵入をした紅美ちゃんは須田の後に続いて、リビングへと進む。


 これからどうなるんだよ。

 どっちの修羅場が始まるんだ?

 男と女か? 女と女か?

 須田の誤解は上手く解けるのか?


 色んな意味でドキドキハラハラするオレは三人がリビングに入ったのを見てから玄関の鍵を、締めた。

 けど、やっぱり開けといた。何となく。もし何かが起こって逃げる時に、鍵開けに手間取ったりしたら嫌だから。

 そんな状況はそうそうないって思うけど、何が起こるかわからんからな。

 それが刃傷沙汰なのかどうかはともかく。


 オレがリビングに入ると小町ちゃんはいつもの一人掛けソファーに座り、須田と紅美ちゃんは対面した長ソファーに腰を下ろしている。

 間のローテーブルにはさっきまで玉様の御札があったけど、小町ちゃんがバッグに仕舞っていた。

 オレはローテブルを前にしてフローリングに座る。

 三人の審判の様な位置だ。


「小町。鈴木が一人しか居ない玉様の家に何の用事があったんだ?」


 須田が重い口を開き、小町ちゃんを真っ直ぐに見据えた。

 小町ちゃんも須田を見つめて、小さく鼻から空気を吐き出した。


「守さ、白い猿の話、覚えてる? 坂とか」


 須田の問いに答えなかった小町ちゃんは質問を返した。

 白い猿ってなんだろ。アルビノの猿を動物園で見かけたんだろうか?

 須田は眉根を寄せてから頷く。


「今ね、そんな感じなの」


 小町ちゃんの言葉に息を飲んだ須田が部屋を見渡し、オレと紅美ちゃんを見てから視線を小町ちゃんに戻した。


「玉さまから家に誰も入れちゃいけないって言われてたんだ。信じてくれる?」

 

 須田は眼鏡を外して両手で顔を覆い、マジかよ、と呟いた。

 二人だけに通じる白い猿の話と玉様の言葉は須田にとって信憑性があるものらしく、誰も何も聞いてないのに何度も顔を隠したまま頷く。

 たったこれだけの会話で誤解が解けてすげぇと思っていたら、隣にちょこんと座っていた紅美ちゃんが須田の膝頭に片手を乗せた。


「でも私、家の中から変な声聞いたんだよ?」


 嘘を吐くなよ!

 変なことしてないんだから変な声なんか聞こえるはずねぇんだよ!


 紅美ちゃんの揺さぶりに須田がどう反応するのか固唾を飲んで見守っていると、須田は紅美ちゃんの手をどかしてから眼鏡を掛け直して立ち上がった。


「それって二人の声だった? 変な声って動物の声じゃなかった?」


「え? ううん。人の声だよ?」


「男? 女?」


「うーん。女の人かな?」


「どんな風に変だったの?」


「なーんかちょっとイヤラシイ感じ?」


「それはどこで聞いたの?」


「んー? 玄関のドアのところだよ?」


 須田を見上げる紅美ちゃんがきょとんとした感じで答えて首を傾げる。

 須田は紅美ちゃんを一瞥してからソファーから離れて、オレの肩を叩いて立ち上がらせて小町ちゃんの横に立つ。


「玉様の家は完全防音設計なんだ。建築してる時に何度か見学させてもらってたから知ってる。玄関先で、しかも大声で叫ばないと外に声は聞こえない。大声でイヤラシイ感じって、どんなの?」


 え、そうだったのか。

 オレ、知らなかった。

 何回も遊びに来て今は住み込んでんのに。

 そもそも普通の一軒家なのに完全防音とか何考えてんだ。

 ミュージシャンでもあるまいし、いくら金が掛かるんだよ。


 人差し指を桜色の唇に当てて考える素振りを見せている紅美ちゃんは結局、聞き取れなかったけどイヤラシイ感じだったと曖昧な答えを繰り返して、自分に向けられている須田の疑惑を晴らそうと必死にはならない。

 真実を知らなければ、オレにとってその態度が逆に信憑性を増す結果になるけど、須田は違ったようで小町ちゃんと目で会話すると、紅美ちゃんに帰ろうと促した。


「えー。私は涼くんの部屋で帰りを待つよー?」


「ふざけんな、バカ女。さっさと帰れ」


 紅美ちゃんの返事に間髪入れず応戦した小町ちゃんは鼻の上に皺を寄せて嫌悪感満載だ。

 オレも心の中で帰ってくれと言ったけど誰にも聞こえていない。


「もう入っちゃった俺が言うのも何だけど、玉様が誰も家に入れるなってこの二人に言ったなら出て行くべきだと思うよ?」


「でも入れてくれたじゃない?」


「それでも出て行くべきだと思うよ。須藤が待っててって言ったなら須藤に連絡して、玉様が駄目だと言ってるって伝えて他所よそで待つべきだと思う」


 須田に落ち着いた感じで諭されて紅美ちゃんは大袈裟に溜息をつく。


「玉様玉様って言うけど、ここって須藤くんと御門森くんも含めた三人の家でしょ? どうして玉様がダメって言うからって涼の彼女の私が従わなきゃいけないの?」


「ここの名義は玉様だからだよ。須藤と御門森は居候の身。大家が駄目だって言うなら居候の二人に文句は言えない。君は居候の彼女だからますます文句をいう権利が無い」


「じゃあ小町ちゃんと鈴木くんはどうなの?」


「鈴木はこの夏だけ居候を許されてるし、小町は……」


「小町はさっき玉さまに玉さまが帰って来るまでここの管理しろって言われた!」


「という訳で、小町は管理人だからいいんじゃないかな?」


「でも管理人の小町ちゃんが入っても良いよって言ってくれたんだよ?」


「でも今出て行けって言ってんじゃん! 小町は!」


 須田と小町ちゃんが何を言おうとも出て行きたくない紅美ちゃんはのらりくらりと質問をして、真っ当な答えをする須田に耳を貸すつもりはない。

 紅美ちゃんって、こんなに人の話を聞き入れない子だったっけ、とちょっとオレは呆れてきた。




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