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たいして面白くもないニュースを流しながら二人で夕食を終えたオレは、後片付けは自分がすると言ってくれた小町ちゃんに台所を任せて、比和子ちゃんのお母さんの煮物が美味しかったなーとか考えながら何の気なしにベランダのカーテンを捲った。
窓の外にはやっぱり住宅街があって、もしかして紅美ちゃんがいるかもとか思ってたけどいなかった。
やっぱり小町ちゃんの言葉の刃が効いたのかもしれん。
ぼんやりと眺めていたら、ざざざざざざっと右側から音がして何だと思う間もなく、バンっと両手を窓に叩き付けた紅美ちゃんが張り付いた。
鬼の形相とは正に今の紅美ちゃんのことで、いつも柔和な笑顔を浮かべていた顔は怒りで歪み、鼻から吐き出される息が窓を白くさせる。
夏なのに窓が白くなるってどんだけだよ!?
どんだけ怒りで体温が上がってるんだよ!
それにさっきまではなかったのに、紅美ちゃんの身体には黒い靄が纏わりついていた。
きっとお婆さんを呼び出して何度かやり直しをしてみたけど、オレと小町ちゃんのタッグルートは変えられなかったんだろう。
なぜか影響を受けない小町ちゃんとオレ。
小町ちゃんは一回だけお試しで戻ってしまったこともあったけど、恐らく他人の時間の戻りは無効化してしまう。
そしてオレも無効化できるけど、自分が戻れるのかは不明だ。試してないからな。
恐怖と驚きで身動きできないオレと窓ガラスを一枚隔てた向こうにいる紅美ちゃんはバンバンと開けろ開けろと繰り返して両手を叩き付ける。
「う、ああっ……」
「和夫! おバカ!」
泡だらけの両手で台所から走って来た小町ちゃんは窓の外を一睨みし、カーテンを閉めて遮断する。
それでもまだ叩く音は聞こえて来ていたけど、数分したら収まって足音も遠くなっていく。
小町ちゃんは無言でインターフォンを起動させて眉根を寄せた。
後ろから覗き込んだオレの目には玄関前にただただ棒立ちしてドアを見る紅美ちゃんが映った。
怖ええ……。
蓑虫お婆さんは化け物として不気味な怖さで、紅美ちゃんは生身の人間の怖さだ。
だって普通の人間なら小町ちゃんにあんだけ言われたら帰るだろ?
でも帰らずに粘って、ずっとそこに居続けるって普通の思考じゃねぇよ。異常者だよ。
「涼のバイトって何時に終わるの?」
小町ちゃんはオレに背中を向けたままでオレに小声で聞いてきた。
「たぶん、夜中かな。明け方になることもあるみたいだけど」
「小町のスマホ、さっきから使えないんだけど和夫のは使える?」
紅美ちゃんを追い返してから夕食の準備をしていたオレはずっとスマホをいじってなかったからわかんない。
とりあえずリビングのローテーブルに置きっぱなしにしていたスマホを手に取れば、圏外は表示されていないにも関わらず、ネットも通話も出来なかった。でも何故かダウンロードしてる通信を必要としないゲームアプリは遊べた。
そしてふと小町ちゃんが来た時に並べていた玉様の御札を見れば、オレが半分黒く汚してしまった御札が全部真っ黒になっていて、手に持っていたスマホを落とした。
「うおおおおおい! 小町ちゃん! 御札がやべぇ!」
「こっちもなんかヤバい。アイツ、誰かに電話してる」
「えっ?」
外では使えるのか!?
インターフォンの音量を最大すると、外の紅美ちゃんの声がオレにまで聞こえた。
『もしもし、須田くん? 紅美ですー。今ね、玉様の家に来てるんだけど鈴木くんと小町ちゃんが家の中で二人で何かシテるっぽくて中に入れてくれないんだよー。二人に電話しても出てくれないし、紅美、困ってるの」
「あんのバカ女!」
ギリリと歯ぎしりをして画面を睨む小町ちゃんをあざ笑うかのように紅美ちゃんはこちらを見てニヤニヤ笑う。
須田にそうじゃないと誤解を解こうとしても電話が出来ない。
須田からも小町ちゃんに電話が繋がらない状況になっている可能性が高い。
二人の間が拗れていると予想していたけど、これじゃあますます拗れる。
しかも原因はオレ。
『あ、ほんと!? 今からこっちに来てくれるの? 助かるー。じゃあ待ってるね!』
満面の笑みを浮かべた紅美ちゃんはスマホを小さな肩掛けのバッグに仕舞い込んで、再びこちらにも笑顔を向けた。
『聞いてるんでしょ? これから須田くんが来てくれるってー。小町ちゃん、どうするの?』
挑発的な紅美ちゃんの問い掛けに、小町ちゃんは両拳を握りしめてドンと壁を叩く。
インターフォンに額を当てて顔を俯かせ、今まで聞いたこともないドスの効いた声を漏らした。
「バカ女が。守まで巻き込みやがって。上等だ。受けて立ってやる!」
えええぇぇ……マジですか……。