19
翌日、土曜日夕方。
須藤はバイトがあると言って出て行く。
後ろ姿を見送っていると振り返って、家からは出るなよ、と念を押した。
でも言い忘れたのか、居留守を使えとは言わなかった。
それから数分後。
小町ちゃんからメールが来て、もう着くって。
数秒後にピンポンが連打されて普段ならイラつくけど、この押し方は間違いなくせっかちな小町ちゃんでホッとする。
でも一応インターフォンで確かめてから玄関を開けた。
ドアを開けて小町ちゃんが姿を現すと、ほわっと温かい外気が流れ込んできてちょっと重かった身体が軽くなる。
クーラーの使い過ぎで冷えた身体が温まったからだろうか。
玉様の家は電気料金は気にせずにクーラーを使えるからほんと天国。
でも使い過ぎは地獄へまっしぐらなんだぜ。
小町ちゃんはいつも通りリビングの一人掛けの黒ソファーにどかりと座って足を組む。
「で? 会いに来たけどなんなの? まさか小町を好きになっちゃったとかそんな話じゃないでしょうね?」
「ち、違うよ。なに言ってんだよ。ふざけんなよ。この鈴木和夫、人の物には手を出しません、欲しがりません」
「だったらいいけど!」
小町ちゃん節を聞きつつ、オレはソファーに座る前にカーテンを閉めた。
誰かが中を覗くとか考えたくもないけど、昨日のこともあるからな。
小町ちゃんの背後のベランダの窓の向こうに紅美ちゃんが現れたらホラーだろ。
小町ちゃんの正面に腰を下ろしたオレは、何から話し始めたら良いかと考えていたけど、彼女は今日も持ってきていた赤いバッグから玉様の御札を無言で三枚取り出して、テーブルの上に並べた。
「小町ちゃん……」
「どうせ昨日あのお婆さんに会っちゃったんでしょ。どうせ」
「うん……」
「あんだけ小町が言葉を繰り返すなって言ってあげたのに繰り返したんでしょ。おバカだから」
いやいや、それは違うだろ。
日常的に使う言葉だって先に言ってくれよ。
不満一杯のオレの視線を受けても小町ちゃんは意にも介さず、おバカだから、と繰り返す。
「馬鹿でもなんでもいいんだけどさ。絶対紅美ちゃんはお婆さんと手を組んで須藤をどうにかしようとしてるよ!」
「で?」
「で、って……。気付いたオレたちがなんとかしなきゃだと思うんだけども」
「どうしてよ。放って置けばいいよ」
「それって冷たすぎない?」
「そんなことない。涼の事は放って置いても大丈夫だよ」
「根拠は?」
「今まで何もなかったんだから、大丈夫でしょ」
「でも小町ちゃんとオレがお婆さんに会っちゃって、事態は変わったんじゃないの? だって昨日紅美ちゃんが」
「アイツが何よ」
オレはそこまで言って、口を開けたまま固まって考えた。
本当に小町ちゃんに話して大丈夫だろうか。
須藤には言うなって言われただけだから、良いよね?
二人だけの秘密って言ってたけど、握手しなかったから無効だよね?
勝手な自己解釈をしたオレは昨晩の事を小町ちゃんに話した。
小町ちゃんはやっぱりという顔をして聞いていたけど、オレとお婆さんが普通に会話していた様子を思い浮かべたのか呆れ顔に変わる。
「……で、須藤は昨日紅美ちゃんを送って帰って来たわけよ」
「事情は分かったけど。だから玉様の御札持って行けって小町言ったじゃん」
「玉様の御札あればなんとかなったの?」
「まぁ遭遇することはなかったでしょーね」
「ほんとにそんなにご利益あんの?」
素朴な疑問に小町ちゃんは一瞬口籠り、力強く頷いた。
「信じる者は救われるんだよ。なんてゆうか玉様って存在自体がありがたいじゃん」
「確かに」
あれぞ天に二物以上を与えられた男だよなって思う。
実家は金持ちで、頭も優れていて性格はちょっと頑固だけど悪いわけじゃあない。
何よりも見た目がな。抜きん出ちゃってるよな。
人間、見た目がある程度良いとなんとかなっちゃう世の中なんだよな、実際。
そんな神様に愛されてるっぽい玉様が書いた御札ならご利益があるのかもしれない、と思ってしまうオレは単純だ。




