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 玉彦の母屋でボヤ騒ぎの一騒動があり、その日の夕餉。


 気恥ずかしさを感じつつ、夕餉の座敷に顔を出せばそこにはいつも通りの澄彦さんが座っていて特に何も言わず、私に座るように促した。

 澄彦さんは何も言わないし、お膳を運んできた須藤くんも多門も意味あり気な視線で私を見たりはしなかった。

 そんなものか、と若干拍子抜けする。

 次代夫婦が当初の予定の二日ではなく三日休暇を取っていた、くらいの感じなのかな。


 隣の玉彦にも澄彦さんは話し掛けないけど、これは朝のお布団焼却が原因のせいだ。

 半分嫌がらせの様なお布団を贈った澄彦さんも大概だと思うし、それを燃やしちゃった玉彦も相当だけど、私からすればいつも通りのどっちもどっちの親子喧嘩だ。


 目の前に並んだお膳に目を落とし、隣の玉彦と澄彦さんのものを見て私は首を傾げる。

 明らかに私のお膳の内容は二人のものとは違っていて、白米は少なめ。

 その代わりに小鉢の少な目のおかずが七つもある。

 豹馬くんが配膳を間違えたのかとお味噌汁に口を付けると、明らかに薄味だ。

 やらかしたな、豹馬くん。と思っていたのは私だけだったようで、二人は文句も言わずに頂いていた。

 それから小鉢のおかずに箸を付けたけど、やっぱり薄味の気がする。

 それぞれの小鉢を平らげ、私は箸をく。


 澄彦さんと玉彦は無言で目配せをして、澄彦さんがようやく話し始めた。

 正武家の食事の席は当主が口を開かないと会話をしてはいけないという意味の解からないしきたりがあり、今夜は澄彦さんが一切話しださなかったために無言の食事となっていた。


「比和子ちゃん、他に食べたいものとかはない? 甘いものとか、飲みたいものとか」


「え? 甘いものはもっと後でいただきます。飲みたいものって、お茶ですか? 今用意しますね」


「あぁあぁ良いよ良いよ。次代、お茶、出せ」


「……承知」


 玉彦は綺麗な所作で急須からお茶を淹れ、私の前にスッと出す。

 澄彦さんには最後の一絞りのような濁ったお茶を渡して、ふふふんと意地悪そうに鼻で笑って玉彦は腰を下ろした。

 これが父親になる大の男がすることなのか、と澄彦さんは口を尖らせる。


 澄彦さんは湯のみを片手に、私の前まで来るとお膳を覗きこんで満足そうに頷く。


「うんうん。良いね。好き嫌いはなさそうだ。月子は色々と残して、最後にはラーメン食べたいって言い出したんだよ」


「月子さん? ラーメンですか?」


「そうだよー。お陰で息子はラーメン好きになっちゃってさぁ」


「えっ!?」


 一瞬玉彦を見てから、お膳を確かめる。

 綺麗に食べ終わって、米粒一つ残っていない。


 澄彦さんの話の流れから察するに、宿した命の好き嫌いは母体がかなり影響するようだ。

 これから私が満遍なく食事を摂らなければ玉彦の様に魚卵や貝類が嫌いだとなってしまうのか……。

 個人的にはオクラとかあまり好きではないけれど身体に良いものだし食べなきゃだわ。

 でも叔父さんのお嫁さんの夏子さんは妊娠中、ものすごく偏食だった。

 お母さんもヒカルを身籠っていた時、口当たりの良いさっぱりしたものが食べたいと言っていっつも胡瓜を齧っていた。

 よく聞く話は柑橘系の果物が食べたくなるとか聞くし、そうなると世の中の妊婦さんの赤ちゃんは生まれて来たら柑橘系の果物が大好きってこと?

 なんだか納得出来かねる。


 お膳と睨めっこをしていると、澄彦さんと玉彦がホッとした視線を交わして肩の力を抜く。


「一先ずこれにて『初食の儀』は終いだな」


「えっ!? これって儀式だったの?」


 そういう大事なことは最初に教えてよと玉彦の膝をぺしぺし叩けば、玉彦は澄ました顔で儀式を行う母親が意識してはいけないので教えてはならないしきたりだ、という。


「これからも私に言わない儀式ってあるの?」


「……ある。とだけ教えておく」


「マジかー。ええー」


「兎も角、言葉遣いは気を付けろ」


「お腹の中に聞こえてるから?」


「幼き頃は俗世の言葉は教えたくない。母である比和子の言葉遣いを真似られては困る」


「でも堅苦しい言葉もどうかと思うわよ?」


「自我が確立すれば自ずと使い分けるようになる。心配はない」


「でも玉彦はずっとそんな話し方じゃん」


 私のツッコミに目を見開いた玉彦だったけど、何をそんなに驚くことがあるんだか。

 極偶にしか耳にしない玉彦の普通の言葉遣いも悪くはないんだけどな。

 でも小さなおかっぱ頭の子供がそういう話方をするのも案外可愛いかもしれない。

 私の事を母上とか呼んでくれるのだろうか。

 想像の中の子供はミニチュアの玉彦で、私は無意識に口元が歪んでしまった。



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