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「で?」


「?」


「さっき試したからって言って、今また試すかって聞くの、おかしくね? お試しは一回だけだろうし、もうお試ししたオレがまた時間を戻してもタダってわけじゃあねぇよな? つーことはオレを騙して寿命を取ってやろうって事だよな?」


「違う違う違う。お前お前覚えてないからおまけおまけ」


「嘘つけっ! そんな美味い話があるかっ!」


 飄々とうそぶくお婆さんにツッコミを入れれば、笑顔のままどこから音が出たのかチッと舌打ちをした。

 やっぱり騙す気満々じゃねぇか!


 睨み合うこと数分。

 オレはどうにかしてここから脱出して逃げたいし、お婆さんはオレが自分を利用するまで粘りたい、の堂々巡り。

 下手に駆け出して後ろから襲われてもシャレにならんから、オレは動かずに居ることしかできない。

 そしてこれ以上お婆さんと話をしないようにしなきゃならない。

 騙そうとしてくるヤツを真面まともに相手する必要はない。

 万が一、口車に乗せられちゃったら困るしな。

 でも、一体全体オレはどうしたらいいんだよ?

 助けを呼ぼうにも、握り締めていたスマホは予想通りブラックアウトしてる。

 大体こういう時はホラー映画のお約束は破られないんだよ。

 オレだけは例外であれ、と思っているけどどう考えても主役にはなれないオレの運命はこんなもんだ。


 まっ、仕方ねぇ。

 ここは持久戦だ。


 どうやらお婆さんのサービスはオレが頷きさえしなければ実行できないっぽい。

 これもお約束で、あっちにもそれなりの制約があるとオレは推測していた。

 有名な吸血鬼だって家に招待されないと中に入れない、とかあるだろ。


 オレはその場に腰を下ろしてブラックアウトしたスマホに視線を落とす。

 浮いていたお婆さんもこっちの様子を窺いながら体育座りする。

 ちょっとキモかわのマスコットみたいだ。


 蓑虫のお婆さんと対面してしばらく。

 二人だけしかいなかった空間にどこからか足音が聞こえてきた。


 カツンカツンと。


 振り返っても誰も居なくて、再び前を向けばお婆さんのずっと向うの背後に人影が現れる。

 誰だ。ヒールの音を響かせるってことは男じゃない。

 一瞬小町ちゃんが須藤に連絡して迎えに来てくれたのかとも思ったけど、須藤に踵のある靴を履く趣味はない。

 じゃあ小町ちゃんが、とも考えたけどさっき一緒に歩いていて靴音は気にならなかったから彼女じゃない。


 誰だ誰だ誰だ。


 オレは心の中で思い浮かんだ人物がいたけども考えない様にしていた。

 徐々に徐々に近づいて来る人影の輪郭がはっきりしてきて、オレは自分の予想が当たってしまったことを知る。

 小柄で菫色のワンピース。

 肩にかかるふわりとした栗色の髪が歩くたびに揺れる。

 おどおどしたように周囲を見渡して歩いていても足取りはしっかりしていて、明らかにこちらへ向かってこようとしている意思を隠しきれていない。


「鈴木くん!」


 わざとらしくオレに気が付きましたっていう芝居をした紅美ちゃんが駆け寄ってくるけど、普通はさ、オレの目の前に体育座りしてるお婆さんにビビるよね? まずはさ。

 胡坐を掻いて座っていたオレの前に紅美ちゃんが両膝をつき、温かく柔らかな両手でスマホを持っていたオレの手を包みこんだ。

 ちょっとドキッとしちゃったのは秘密なんだぜ。


「大丈夫? 何かされなかった?」


「え? あ、うん」


 オレの返事を聞いた紅美ちゃんは良かったとホッとして、眉間に皺を寄せて振り返る。


「お婆ちゃん! 他の人は巻き込まないでって私、言ったじゃないの!」


 え?

 あ、あれ?

 てっきりお婆さんと自分との繋がりは隠すもんだと思ってたけど、隠さないの?

 しかも須藤はいないって居留守を使ったり、ピンポン鳴らされても玄関に出なかったオレにお怒りではないの?


 紅美ちゃんはオレの手を包み込んだまま、お婆さんを睨み付ける。

 するとお婆さんはニヤニヤしながら何も言わずに浮かび上がり、こちらに前面を向けたまま後ろへとスーッと下がり出して橋の向こうへと姿を消した。

 同時に身体を覆っていた妙な気配が消えて、周囲を見渡せばいつもの、普通の景色に戻っていた。

 さっきは気が付かなかったけど、ここには音がある。

 普段は気にもしない川の流れの音や、遠くどこかから聞こえる車の音。

 風が街路樹の葉を揺らすざわめきにこの世界にはオレ以外に生きている、動いているものがいると実感する。


 紅美ちゃんは良かったーと呟いて微笑むと、車道に座り込んでいたオレを立たせて歩道へと移動させる。

 ひとまずお婆さんの魔の手から逃れられたけど、直面している問題は紅美ちゃんに移っただけだ。

 オレはてっきり紅美ちゃんとお婆さんはグルだと思っていた。

 でもよくよく考えればお婆さんと紅美ちゃんの間に、小町ちゃんやオレを狙うという利害関係って成立しないんだよな。

 時間逆行サービスに不都合な存在の二人はお婆さんにとっては邪魔だろうけど、紅美ちゃんには関係ない。

 そして紅美ちゃんがオレや小町ちゃんを邪魔に思うことも無いだろうし。

 小町ちゃんは須田の彼女で須藤とどうこうなるような関係ではなく、オレは嘘は吐いちゃったけど人畜無害を自負している。


 紅美ちゃんは純粋にお婆さんからオレを助けてくれただけなんだろうか……?



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