13
ニヤニヤお婆さんと対峙して数秒。
恐怖で微動だにしないオレに目を細めたお婆さんは空中に浮かんでるのが疲れたのかすとんと道路に降り立つ。
その時初めて、オレは周囲の景色が小町ちゃん曰く変な景色に変わっていることに気が付いた。
のっぺりとして立体感の無い暗い色使いの油絵の中のみたいだ。
しゃがんで道路に触れるとアスファルトの感触ではなく、粘土を固めた感じだ。
「戻る戻る戻る?」
「戻んねーよ!」
不思議な世界に見入っていたのにしつこく聞いて来るお婆さんが煩く、オレはついつい答えてしまった。
するとお婆さんは戻らないと言ったのに勝手に話しだす。
「どこまででも戻れる戻れるよ。何回も何回も戻れるよ」
「……でもそんな甘い話じゃないでしょ」
「一年一年。寿命を貰う貰う」
なんでお婆さんは言葉を繰り返すんだ。
あれか? 大事なことだから二回言いましたってことか?
「五年戻っても寿命は一年なわけ?」
「そうそう」
オレが話に乗ってきたと思ったお婆さんは満面の笑みを浮かべる。
「記憶ってどうなんの? 戻っても記憶をリセットしてたら意味ないよね? 同じこと繰り返して戻る羽目になるよね?」
「一年一年」
「はぁ? 一年? 記憶を持って戻るとさらに一年寿命を払えってことか?」
何度も頷くお婆さんを前にして、オレは禁断の考えを持ってしまう。
一回くらいなら、試してみる価値はあるんじゃない?
だって人生八十年だとして、その内の二年だろ?
もし戻ったとして、競馬の大当たりとか知ってたら万馬券で豪遊も夢じゃない。
それよか数字を選ぶ宝くじの番号を覚えていれば、億万長者だ。
悠々自適のバラ色の人生がオレを待っている。
寿命は二年少なくなっちゃうけども。
だがしかし。
この鈴木和夫。
簡単には騙されないんだぜ。
お婆さんは一年って言うけど、信用しちゃいかんのだ。
だってそうだろ?
もし明日死んだ、と考える。
オレの寿命は明日までだったのか、お婆さんがオレの寿命を一年以上持って行って死ぬことになったのかわかんないじゃん?
それに……小町ちゃんはもうこのお婆さんを呼び出さない、と玉様と約束をしたって言ってた。
なのにオレがお婆さんの蓑虫時間逆行サービスを利用したら、きっとすごく軽蔑されることになる。なんとなく、玉様にバレて家から追い出されると思ったオレは首を横に振った。
「戻んない」
「どうしてどうして」
「信用できないし……時間を戻したってオレのこの体質は変わらないから」
そう、オレは時間を戻して大金持ちになりたいとか本気で思ったわけじゃないんだ。
二年も寿命を使うのなら、普通の人間には見えないものが見えてしまう体質になったその時に戻って見えないような人生を選びたかったんだ。
そうすれば普通の人生が送れるだろ。
でもよ。ぶっちゃけ、何で見えてんのか分かんねぇんだよー。
だからどこまで戻れば良いのか分かんねーし。
結局色々失敗や恥を重ねてきた人生だけど、何とか生きてるし、ひと夏の快適ライフは約束されてるし、今のままで良いんだよな。
余計なものまで見えちゃってるけど、無視しとけばなんとかなるだろ。
戻らないと決断したオレにお婆さんは距離を詰める。
オレは何故か一歩も引き下がらなかった。
「試す試す? 一回一回一回」
「試さない」
「ただただ」
「只より高い物はないって親に教えられてる」
「試せ試せ試せ」
「だから戻らないって言ってるだろ!?」
あんまりにもお婆さんがしつこいので、オレは反撃に出ることにした。
オレはお婆さんを指差して足を踏み出す。
「じゃあよ。もし戻って納得できない結果だったらどうしてくれるんだよ」
「どうどうどう?」
「寿命返してくれんの? クーリングオフできんの?」
「く、くーりんぐおふ?」
「購入したお客様が満足できない場合や商品に不備が合った場合、返品返金できるサービスだよ。だいたい手元に商品が届いてから一週間は出来る!」
「できないできない」
「出来ないのかよ。だったら駄目だな」
「でもでも試すはただただだから不満があっても寿命は減らない」
「本当に減らないか証明出来んの?」
「……できないできない」
オレの剣幕に押されたお婆さんは少しだけ足を浮かせて後ずさったけど、オレは尚も詰め寄る。
「それによ? お試しじゃないサービスを利用して、二年寿命を払ったとするじゃん? オレが死ぬまでに街角でラッキーエロなハプニングでパンチラが百回見られるとするだろ?」
訳の分からん同意を求められ、お婆さんは頷く。
「人生八十年、残り六十年として年に一回か二回見られるけど、寿命が二年も減っちゃったら最高で四回は見逃すことになるだろ! その四回はどうなるんだ! どこかに上乗せして年に三回見れちゃったりすんのか!」
「……しないしない」
「保証もない、返品も出来ない、ラッキーエロの上乗せもない! オレに何の得があってそんなサービス勧めてんだよ! もっとお客様の要望に応えられるようになってから出直して来いっ!」
応えられるようになっても、クレーマーになってやるけどな!
言いたいことを存分に言ったオレは腰に手を当て、どうだと言わんばかりにお婆さんを見下ろした。