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「だ、だよね! よ、よかったー」
「何よ。鈴木は小町がそんなフェアじゃないことすると思ってんの?」
「滅相もございません」
両手を胸の前で振ると小町ちゃんはいつもの様にふふんっとちょっとだけ高飛車に顎を上げる。
毒舌で言葉はキツイけど、小町ちゃんは紅美ちゃんと違って女友達と普通に仲良くしているからこうみえても結構良い人なんだよな。
……あれ、紅美ちゃん?
小町ちゃんが足を止めていたのはマンションの前で、エントランスの煌々とした明りがオレたちを照らしていたけど、オレの気持ちは暗くなる。
そして小町ちゃんを見て、紅美ちゃんってと言うと、彼女は眉を顰めて口を開いた。
「小町がお婆さんと会うための呪文は、アイツがずっと呟いてた言葉なんだよね。だから……アイツ、お婆さんと会ってると思うよ」
「つーことは時間が巻き戻った瞬間を小町ちゃんは目撃してた訳か」
「そういうことだね」
って小町ちゃんは言うけれど、だ。
この前小町ちゃんが玉様の家に来た時、彼女は黒いものに纏わり憑かれていた。
きっとあれがお婆さんの悪い気配なんだろうとオレは思う。
でも何回も会ったことのある紅美ちゃんがそんなのに纏わり憑かれているのをオレは見たことがなかった。
小町ちゃんの言う通り紅美ちゃんがお婆さんと取引をしていたとしても、それは一昨年の一回だけでそれ以降はしていないんじゃないだろうか。
そうじゃないと自分の目が曇っていることになる。
自慢じゃないが見て感じることだけは一流だから、自分の感覚は信じたい。
「ていうことは紅美ちゃんは魔女じゃなくてお婆さんを召喚する呪文を知ってただけってことだよね?」
「召喚できる呪文を知ってる魔女ってことでしょ」
「でも時間を巻き戻せるのはお婆さんで紅美ちゃんは呼び出すだけじゃん? その他になんかできんの?」
「小町は良く解かんないけど、まだ何か秘密があるんじゃないの? とにかく小町は玉さまともう二度とお婆さんを呼んだりしないって約束したから知ることは出来ないけど!」
「玉様?」
思いがけないところで玉様の名前が出て来てオレが首を傾げれば、小町ちゃんは珍しくしまった!と言うように口を両手で隠した。
なんでここで玉様が登場するんだ。
あ、でも小町ちゃん、お婆さんと遭遇して憑かれて玉様の家に来たんだっけ。
そもそもどうして玉様の家に来たんだ?
たまたま具合が悪くなったのが玉様の家の近くで逃げ込んできたんだろうか?
でもお婆さんに遭ってから体調が悪くなったんだったら、オレだったら神社かお寺に行ってお祓いとかしてもらおうとする。
そう考えてオレは、あれっ? と思う。
大学生になってから、一度も神社やお寺のお世話になっていないのだ。
ちょっと嫌だな、体調が良くないな、と感じても玉様や御門森、須藤と会うと不思議と持ち直すのだ。
アイツら、もしかして……!
めっちゃ強力で徳が高い守護霊に守られてるんじゃないだろうか!?
有り得る。有り得るぞ。
田舎の自然に囲まれて、精霊さんとかが居て、知らず知らずのうちに守られてるんじゃないか!?
あの変な感じがする村にそんな精霊さんとかが存在するって言われてもオレは全然驚かないぞ。
だって半魚人だっていたんだから!
そんでもって小町ちゃんは比和子ちゃんからそういう話を聞いていたから、玉様の家に助けを求めて(主に守護霊に)やって来たんじゃないのか?
そうすれば全部に説明がつく。
オレは自分の持論に勝手に納得をして、小町ちゃんを見て頷く。
「そういう変なことがあったら玉様の家に行けば守護霊様が何とかしてくれんでしょ?」
「は? 守護霊? ……あぁうんうん、そーそー。守護霊が何とかしてくれるんだよ」
小町ちゃんの相槌はテキトーに聞こえなくも無かったが、やっぱりオレの予想は当たっていたようだ。
ますます満足して頷いていると、小町ちゃんがオレの肩に手を置いた。