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蓑虫。みのむし。
その辺の木端を身に纏った毛虫。
それが昔の雨具の蓑に似ているからと蓑虫と呼ばれている。
毛虫は成長すると蛾になるんだぜ。
……でも蓑虫のお婆さんが何に成長するのかオレは知らないんだぜ……。
小町ちゃんは橋の端っこに寄って、遭遇したお婆さんの容姿をオレに説明してくれたけれど、正直聞かなきゃよかったと思った。
だって等身大のお婆さんが蓑虫状態で顔だけ丸く繰り抜いたように蓑から覗いていて、細い両手足は蓑から突き出してるって言うんだ。
しかもお婆さんの顔は無駄に上品な顔つきというからギャップが激しい。
上品なお婆さんが蓑虫の着ぐるみを着ていた線も捨てきれないが……多分ないだろうな。
「そんなお婆さんに追い掛けられたの? なんで?」
橋の欄干に背を預けた小町ちゃんに先を促すと、大きく息を吐き出してから落としていた視線をオレに向けた。
「あんた、涼の女友達の鈴木って知ってるでしょ?」
「あ、うん。紅美ちゃんね」
さっき家に突撃してきたけど、と言いそうになってオレは口を閉じた。
この流れからすると紅美ちゃんがこの一件に関わっていそうだったし、さっき居たことを知れば小町ちゃんが話を止めてしまうかもしれない。
「そいつ、小町的に魔女だと思うんだよね」
突拍子もない発言に目を丸くしたオレを小町ちゃんは不安気に様子を窺う。
あ、この感じ。
良く知ってる。
オレが友達に見えたって言った時に、オレが友達に向けていた感情と一緒だ。
頭がおかしいんじゃないかとか、嘘吐きだと思われたんじゃないか、っていうやつ。
「どうして魔女だと思ったの?」
まさかあの可愛らしい紅美ちゃんが実は蓑虫お婆さんの正体だったとか言い出すのだろうか。
「一昨年の玉さまの誕生日前に、小町、アイツを街中で見かけたことあってさ。向こうからぶつぶつ言いながら歩いて来てちょっとヤバい感じの人に見えて。うわぁと思って振り返ったらもう居なくて」
「いない?」
「そう。そんで前を向いたらさ、また向こうから歩いて来たの」
「は?」
「だから小町の横を通り過ぎたのに、また前から歩いて来たの!」
「瞬間移動かな?」
「あんたもやっぱりそう思う? 小町もそう思うんだよね。だって絶対にあのムカつく顔は間違えないもん!」
思いっきり鼻の上に皺を寄せた小町ちゃんは辟易したという表情を作る。
よほど紅美ちゃんの事が嫌いらしい。
そうなんだよな。
かなり男ウケの良い紅美ちゃんだけど、女子からはすんごい嫌われてるんだよね。
優しいし、可愛いし悪いところはないと思うんだけど、女子的には嫌う要素があるようだ。
多分そこは男が足を踏み入れちゃいけない領域の話で、知らなくても良いものだ。
小町ちゃんもそんな女子たちと一緒で紅美ちゃんを嫌っているらしいことは、なんとなく気が付いていたけど。
両腕一杯に×を作っていたからなー。
「でも瞬間移動だけじゃ魔女って言えないんじゃない? 空飛んだり、惚れ薬作るとか呪いを掛けるとかのイメージだけど?」
「通りすがりにぶつぶつ言ってたのが瞬間移動の呪文なんだと小町は思ったの」
「あぁ呪文ね。そうだね、呪文を唱えて瞬間移動か」
「だからね、人を呪ったりとか他にも呪文があると小町は思う!」
小町ちゃんは話に乗ってきたオレに安心して、段々と強張っていた顔をいつもの自信あり気なものに変えていく。
やっぱり小町ちゃんはそうじゃないとオレも何だか調子が狂っちゃうよ。
「でねでね。もしそれが呪文だったら、アイツが呟いてたのって瞬間移動の呪文だと思うじゃん?」
「まぁ、うん。思う」
「そんでね、小町。この前アイツが玉様の家追い返された後に、それを思い出したんだ。そう言えばアイツ、呟いてたなって」
「もしかして?」
と、聞かなくても小町ちゃんが何をしたのか想像は容易い。
「ここから小町の家までまだ遠くて、瞬間移動できたらなーって思って繰り返して呟いてみたの!」
そうだよね。そうなるよね。
オレだってダメ元で呪文を呟いてみたくなるもんね。




