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 ……眠れん。


 鈴木和夫、二十一歳。

 現在一階の客間のお布団に寝そべってはいるが、全く眠れる気がしない。

 手元のスマホで時間を確かめれば深夜二時。

 部屋は程よい室温で特に寝苦しいわけでもなく、昼寝をしたわけでもないのに。


 ガバッと起き上がり、とりあえず水でも一杯飲もうとリビングに出れば、玉様が水色のタオルケットを掛けてソファーに寝ていた。

 自分の部屋に小町ちゃんを寝かせているからだろう。

 オレだったら添い寝してあげちゃうけどな、と不謹慎な考えが頭に浮かぶ。

 まぁそもそも小町ちゃんは比和子ちゃんの親友だし、玉様は玉様で女の子に全く興味がないようだから添い寝するとかそういう発想はないだろうけどな。


 足音を忍ばせてキッチンで水を飲み、戻ろうと振り返ったら玉様が起き上がっていて意表を突かれたオレは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「うっひゃい!」


「……なんだ、それは」


 玉様は程よく乱れた長い髪をかき上げて一伸びすると、こちらに来てコップ一杯の水を飲む。

 そしてオレの頭を何を思ったのか片手で鷲掴みにした。


「なっ、なんだよぅ」


「お前も中々に不憫な男だな。眠れないのであろう」


「……うん」


 何が不憫なのか知らんが、眠れないのは事実だ。


「安眠できるようにまじないを掛けてやろう」


「へっ?」


 言うか早いか玉様はオレのおでこにデコピンを喰らわせた。

 あまりの痛みに蹲ると、玉様は何事も無かったようにソファーに戻って寝息を立て始める。


 あ、あんにゃろー!


 寝込みを襲ってやろうと二三歩歩けば、不意に眠気に襲われてふらつく。

 え、マジでおまじないが効いたんか!?

 オレは千鳥足の様に布団に倒れ込み、翌日の昼まで泥の様に寝ていた。









 浅い眠りの中で、みんなの声が聞こえる。


「で、どうすんの」


 不遜な言い方に聞こえるこの声は御門森だ。


「一先ず小町は大丈夫であろう。二度と馬鹿なことを口にするなと言い聞かせた」


 古臭い言い回しをするのは玉様だと相場が決まっている。


「それで本当に大丈夫なのかな。小町ちゃん」


 こうやって誰かを心配してくれるのは、優しい須藤だ。


「札を三枚程持たせたゆえ、心配あるまい。明日鈴白へ戻るが、誰がここに残る」


「あ、僕が残るよ。ちょっと調べたいこともあるしさ」


「努々《ゆめゆめ》油断するなよ。一筋縄ではいかぬぞ」


「うん。気を付ける」


「だからあの女には関わんなって言ったのによ」


「いくら離れようとしても来ちゃうんだから仕方ないだろ」


「そもそもよ? 普通に付き合ってたら別れようで済んだ話だろうがよ。だらだら訳の分かんねぇ付き合い方してっからめんどくせー状態になるんだよ」


「豹馬。何か誤解してるみたいだけど。あの子とは最初から何もないんだよ。『ただの友達』なんだ。一度だって好きとか言ったこともないし、身体の関係だってないんだよ」


「ああ?」


「『ただの女友達』。それだけ。ひがいとか弓場さんと一緒なわけ、僕の中では」


「その自分の中ではと言うのが厄介の始まりなのではないか?」


「まぁ、そうだね。そこは反省すべき点かも」


「で、鈴木はどうすんの」


「置いておくしかあるまい。くだんの女とさえ関わらなければ問題なかろう」


「でもなぁ……アイツ、ほんとーにトラブルメーカーだからな……。須藤の手に負えるかどうか」


「大丈夫、大丈夫。いざとなったら澄彦様を見習って気絶させちゃうから」


 無言で頷いた三人の様子を感じつつ、オレは再び眠りの深海へと落ちていく。






 金曜日、夜。


 オレと須藤は田舎の鈴白村へ帰る玉様と御門森を玄関先で見送って、家の中へと戻った。

 すると須藤はちょっと出かけてくるから、誰か来ても居留守を使ってね、と言い残し颯爽と姿を消してしまった。

 須藤はどこに行っちゃったのかな、とちょっと心細いけど家の中にいれば安全だと自分に言い聞かせる。

 玉様と御門森は日曜の夜か月曜の朝早くに帰ってくるって言ってたから、須藤もそれまでには帰って来るんだろう。

 一人お留守番を仰せつかったオレは居留守を完璧なものにするべく、カーテンをしっかり閉めて電気は点けず、大型テレビの背を窓にして音量は最小限で、キッチンから勝手にお菓子を取り出して一人の時間を寂しくも満喫していた。


 なのに。


 ぴん、ぽーん。ぴん、ぽーん。


 ぞくっと二の腕に鳥肌が立ち、オレは勝手に持ち出していた玉様の水色のタオルケットを頭から被った。


 この鳴らし方は、紅美ちゃんだ……。

 ついこの前までのオレなら軽やかに返事をして玄関に飛んでったけど、さすがに何となく嫌な予感が胸を過る。


 帰り際のあの子の姿。

 そして夢うつつで聞こえていた三人の話の内容……。

 もしあの話が本当だったとしたら、紅美ちゃんは須藤のストーカー一歩手前ってことだろう?

 やべぇよ。下手に刺激したらサクッとオレ、刺されるかもしれん。

 しかも帰す時に、良かれと思って須藤はいないって嘘までついちゃってたから逆恨みされてても不思議じゃあない。


 二回鳴らされたピンポンはその後は鳴らず、息を潜めていたオレはホッと吐き出した。のも束の間。

 お約束の様に庭へと回ってきた紅美ちゃんはコツコツ、とリビングのベランダの窓を叩く。

 きっちり閉めていた遮光カーテンだけど、外から見てもきちんと部屋の中は見えないと確認していた訳じゃない。

 だってそうだろ? わざわざ庭先まで誰かが来ることなんか想定してなかったもんよ。

 とりあえず僅かな明かりが漏れてはいかんと考えたオレは、ゆっくりとテレビを消してみた。


 これでもう室内の灯りは何もない。

 だがこれがとんだ裏目に出てしまった。

 コツコツと叩いていたのがドンドンっと拳に変わる。

 やべぇ、中に誰かいるって気付かれちまった!

 どうやらテレビの明かりはカーテンの隙間から漏れていた様である。


 うおおおおおおおおっ!

 やべぇ、どうしよ、どうしよ。

 今さら出て行って言い訳しても紅美ちゃんは許してくれるだろうか!?


 ドンドンっと繰り返される音にパニックに陥ったオレは部屋の中をぐるぐると右往左往するしかなかった。



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