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夏休みが終わって、学校へ行っても玉さまは居ない。
御門森くんは登校して来ていたけれど、玉さまのことは誰も聞けなかった。
玉さまは時々、学校を休む。
短い時もあれば長い時もある。
そういう時は体調不良じゃなくて、正武家様のお仕事でお休みをしているとみんなが知っている。
しかも今回は全員が白猿事件を知っていたから、なおさら聞けなかった。
正武家様のお仕事について、むやみに知りたがるとバチが当たるって言われてたし。
でも解決したからもういいのかも、とかも思うけどやっぱり聞けなかった。
那奈ちんと二人で正武家様のお屋敷へ千羽鶴を届けに行った時、南天様が玉さまに渡しておきますって言って結局何も聞けなかったのが痛かった。
比和子ちゃんは夏休みが終わったし、とっくのとうに通山に帰ってしまってるんだろう……。
一人机で悶々と考え込んでいると、御門森くんがやって来た。
「弓場ー。明日の昼か夕方迎えに行くから準備しとけよー」
「じゅ準備? 迎え?」
なんなん。なんなん。突然のデートのお誘い!?
準備ってなにするん!?
肝試しの続きでもするん!?
てゆうか昼か夕方って時間の幅が曖昧過ぎるんですけど!?
テンパるうちを見た御門森くんは。
「須藤と一緒に行くから」
と一言付け加えた。
「須藤くん?」
「そー、須藤。上守、明日帰る予定だから見送り行こうぜ」
「比和子ちゃん、まだこっちに居たん!?」
「居たけど。知らなかったのか? ……あー、まぁずっと屋敷で玉さまと居たしな」
「そうだったん……」
「夏休みにさ、玉様と上守で一回、お前の家に行ったらしいけど具合が悪いのか部屋に閉じこもってるって親に言われて二人揃ってしょんぼりして帰って来てたぞ」
おかーさーん!
何回も下に降りて普通に話してたのにー!
具合が悪いってなんなん!
てゆうか、玉さま。
人間その一のうちの存在を忘れないで、比和子ちゃんと仲直り同盟の約束を守ってくれてたことに感動する。
どっちかが先に仲直り出来たら、橋渡ししようねって言ってた約束。
「明日、お昼に待ってる!」
「え? いや、昼か夕方……」
「お昼! 比和子ちゃんに会いたい!」
「……わかった。須藤とすり合わせしてみる。アイツ、今は忙しそうだしな」
そう言った御門森くんは、隣のクラスの方を見た。
須藤くんは夏休みが明けてから、普通の男子になった。
普通にお話しても大人からお小言を言われない。
普通に一緒に遊んでも大人から須藤くんと遊んじゃいけませんって言われない。
須藤くんは今、普通の波に揉まれている最中なんよ。
実はみんな須藤くんと普通にお友達になりたかったんよねー。
うちは毎朝の学校の玄関での挨拶しかしておらんかったけど、最近はもっと別の話題も話す様になった。
ただ通り過ぎるだけだった挨拶が、立ち止まって話してるとみんなが寄ってくる。
そうなるとうちはそっとその場から離れる。
また明日も、須藤くんとはお話出来るって知ってるから。
話すきっかけがなかった子たちに須藤くんを譲るんよ。
「じゃあとりあえず明日なー」
「うん!」
明日は土曜日だ。
学校はお休み。
比和子ちゃんの学校ももう始まってるはずなのに、こっちにいたとは驚きだ。
今年の比和子ちゃんの夏休みは早く始まって遅く終わる。
きっとうちなんかよりもすっごい色々あった夏休みに違いない。
うちのお願い通りに次の日のお昼に御門森くんと須藤くんがやって来た。
二人の男子がうちをお迎えに来て、お母さんはなぜかドン引きするくらいはしゃいでいた。
恥ずかしいから止めて欲しい。
三人で正武家様のお屋敷まで歩きながらその話をすると、須藤くんは自分のお母さんも友達が遊びに来るとテンションが上がるから恥ずかしいと同意してくれた。
どこの家も同じなんだなぁと思っていたら、御門森くんはオレの家には誰も来ないと愚痴る。
来ないっていうか、行けないんよね。
だって正武家様の稀人様が二人もいて、しかも御門森くんの家に居るお祖父ちゃんは泣く子も黙る『あの』九条様なんだもん。
本当に泣く子も黙るのかは解らんけど、九条様がたまに商店街に来るとそれまでの喧騒がざざざーっと波が引けるように収まって、みんなお行儀が良くなる。
特に大人は顔を伏せて固まる。
その様子を見た子供はもっと固まる。
きっとすんごく怖い人なんだとうちは思う。良く知らんけど。
でも良く知らんから怖い人って勝手に思っちゃいけんことを、うちは須藤くんで学んだ。
みんながそうだから自分も右へ倣えでそうだと思い込むのはいけんことなんよ。
話せば九条様も案外普通のお祖父ちゃんなのかもしれん。
そんなことを考えていると正武家様の石段が見えて来て、玉さまと比和子ちゃんが並んで座ってお話してるのがわかった。
二人で肩をくっつけて、楽しそうにお話をしている。
うちら三人は遠くで足を止めて、二人を眺める。
「あの雰囲気の中、オレたち、行きづらくね?」
「ちょっと待つ?」
「でもうちは比和子ちゃんと早く仲直りがしたい! おーい! 比和子ちゃーん!」
ぶんぶんと手を振って走れば、後ろの二人も付いて来る。
そしてうちに気が付いた比和子ちゃんが立ち上がり、大きく手を振ってくれた。
玉さまはほんのり微笑んで、うちに小さく頷いた。