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それからうちは味気ない夏休みを何となく過ごして、旅行に行けないうちにとっては一大イベントの村の子供たちのキャンプ会の日を迎えた。
でも、正直、行きたくない。
いつも一緒のグループだった那奈ちんとは喧嘩したまんまだから気まずいし、かと言って他に入れるグループはそこまで仲が良い子がいる訳じゃない。
香本さんや小夜ちゃんたちも那奈ちんと一緒だろうから、うちの居場所はないかもだった。
「亜由美。忘れ物はない?」
お母さんがリュックの中身を確認して、うちに渡す。
忘れ物があった方が良い。
忘れ物したーって家に帰って来てキャンプ会に戻らなきゃいい。
そんな卑怯な考えを持ちつつ、うちはお母さんと玄関を出た。
集合場所は山の入り口なので家からはちょっと遠いので、お母さんに送ってもらわなきゃいけない。
そこでお母さんは他のママ友と合流して井戸端会議を始めるのがいつもの流れだった。
お母さんはそこで娘が那奈ちんと喧嘩したことをママ友から聞いて、娘が友達の輪に入れないことを目の当たりにする。
もしかしたらうちのせいでお母さんまで仲間外れにされちゃうかもしれん。
それがどうにもこうにも悲しくて情けなくて、涙が込み上げる。
「どうしたのよ、亜由美。お腹でも痛いの? それとも……行きたくない?」
うちを心配そうに覗き込んだお母さんは困ったように笑った。
「那奈ちゃんとやり合ったってお母さん聞いてるけど、まだ仲直りしてないの?」
全部バレてた。
「してない……」
「じゃあ今日仲直りすればいいじゃない。ごめんねって言えば出来るわよ」
「……うち、悪いこともしてないのに謝りたくない」
「でも叩いちゃったんでしょう?」
「那奈ちんも叩いたもん」
「もう、頑固ねぇ。ごめんねって言えば良いだけなのに」
お母さんは簡単に言うけど、ごめんねっていうのは本当に大変なことなんよ。
タイミングもあるし、そもそも反則負けした那奈ちんにどうしてうちが謝る必要があるんか納得できんのよ。
両手にリュックをぶら下げたまま車に乗らないうちとお母さんの根競べが、しばらく。
家の前の道路に見たことのある黒い大きな車がスーッと静かに停まった。
車からガチャっとドアを開けて降りてきたのは、玉さまだった。
でもいつもの綺麗に切り揃えられてサラサラなボブじゃなくて、オシャレな髪形になっていた。
ので、一瞬夢かと思ってしまった。
「弓場」
「はいぃぃ~……」
猫背だった背中をピシッと正せば、お母さんも一礼してピシッと立った。
「キャンプ会に行くぞ」
「え、はい」
「共に」
「はっ!?」
「これから豹馬を拾って行くぞ。俺はこれまでキャンプ会なるものに参加したことがない。側で色々と教えろ。そうすれば……側に居れば争い事にも巻き込まれまい、と豹馬が言っていた」
「えっ……」
ここでも全部バレてた。
玉さまは口をへの字にして仁王立ちして、うちの返事を待っている。
「一緒に行くん?」
「そうだ。早く乗れ。そして相談に乗れ。弓場が適任だと豹馬の推薦だ」
「御門森くんの?」
「……比和子と、仲直りがしたいのだ……」
玉さまはますます口をへの字にしてうちを見る。
比和子ちゃんと、仲直り。
那奈ちんとの仲直りよりも先に、うちも比和子ちゃんと仲直りがしたい。
喧嘩した訳じゃないけど、見て見ぬふりみたく身体が動かなかったこと、謝りたい。
「わかった! うちも仲直りしたいから、一緒にごめんねって比和子ちゃんに言おう!」
うちがそう言えば、玉さまはホッとしたように肩の力を抜いて微笑んだ。
うちとお母さんは同時にぐあっと間抜けな声を出し、思わず玉さまの姿を目から遮るように手を翳す。
めったに見れない玉さまスマイルの直撃を喰らったうちら親子は、玉さまの車に乗らず、なぜか二人揃って自分ちの軽自動車に乗った。
すると玉さまは自分の荷物を車から降ろして、後ろの席にスッと乗り込む。
運転席のお母さんの身体が緊張でびくりと固まった。
「まずは御門森の屋敷まで頼む」
「か、かしこまりです」
お母さん、動揺し過ぎ……。
そうして発進した車に玉さまの車が後に付いて走り始めた。